大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成5年(あ)431号 決定 1995年6月12日

本籍

東京都世田谷区成城四丁目一二番

住居

同世田谷区成城四丁目一二番六号

会社役員

小林政雄

昭和一〇年八月六日生

本籍

東京都中野区江原町二丁目八八番地

住居

同中野区江原町二丁目二九番一四号 江古田ハイツ一〇一号

会社役員

室伏博

昭和一九年五月三日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成五年三月三一日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人小林政雄の弁護人宮原守男ほか四名の上告趣意は、憲法違反をいう点を含め、実質は量刑不当の主張であり、被告人室伏博の弁護人赤松幸夫及び被告人小林政雄本人の各上告趣意は、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中島敏次郎 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一)

平成五年(あ)第四三一号

○ 上告趣意書

被告人 小林政雄

右の者に対する法人税法違反被告事件について、上告の趣意は、左記のとおりである。

平成五年九月二一日

弁護人 宮原守男

弁護人 宮川光治

弁護人 山田宰

弁護人 並木政一

弁護人 古谷和久

最高裁判所第二小法廷 御中

目次

はじめに・・・・・・二二三二

第一点 土地譲渡益重課制度と本件量刑の憲法三一条違反・・・・・・二二三二

第二点 重加算税制度と本件量刑の憲法三九条違反・・・・・・二二三六

第三点 逋脱所得の過半については違法性の程度が低いことについての無理解と量刑不当・・・・・・二二三九

第四点 被告人およびコリンズの納税実績・納税努力と量刑不当・・・・・・二二四八

第五点 被告人の公共的事業活動についての無理解と量刑不当・・・・・・二二六六

第六点 被告人を実刑とすることの影響の重大性についての無理解と量刑不当・・・・・・二二八七

第七点 本件犯行後の有利な諸事情についての無理解と量刑不当・・・・・・二二九六

第八点 原判決の量刑論の批判と本件のあるべき量刑について・・・・・・二三〇五

むすび・・・・・・二三一八

はじめに

原判決は、被告人小林政雄(以下「被告人」という。)に対し、懲役二年および罰金六〇〇〇万円に処する、罰金を完納できないときは、金五〇万円を一日に換算した期間、労役場に留置する旨の一審判決に対する控訴を棄却する旨の判決を言い渡した。

原判決には、刑の量定の判断の過程において憲法の違反又は憲法の解釈に誤りがあり破棄を免れない。また、刑の量定が著しく不当であり破棄しなければ著しく正義に反する。

後述のとおり原判決の量刑論は、逋脱税犯の処罰は、租税公平主義の原則から公平、均衡を失することがあってはならず、逋脱額の多寡に応じて量られなければならないというにつきるが、この見解、並びにこの考えの下に機械的に本件を判断することは、本件逋脱行為の実相、被告人をめぐる諸情状を考慮すると誤りである。

以下、八点に分けて述べる。

第一点 土地譲渡益重課制度と本件量刑の憲法三一条違反

原判決は、「租税特別措置法六三条、六三条の二は、詳細な規定を設けて、立法目的に合致しない土地取引を重課制度の対象から除外しているのであって、右除外事由に該当せず、右各条の課税要件を充足する取引について重課制度の適用があるのは当然である。所論事情の如きは、右各条の適用を免れる事由とするに由ないところであって、本件土地譲渡益が右各条の課税要件を充足するものであることは明らかであり、これに課税することが、制度本来の目的を逸脱したとか、いわんや憲法三一条に違反するものというべき筋合ではない」(原判決一六ページ、一七ページ)と判示している。

一 本件量刑が土地譲渡益重課制度の法本来の目的を逸脱したもので憲法三一条に違反しているという弁護人の趣旨を原判決が誤解していること

弁護人は、本件において、租税特別措置法六三条、六三条の二の除外規定の適用の有無を争っているのでもなく、違法か合法か、無罪か有罪かとのall or nothingかを争っているのでもない。有無の刑の量定の不当性を争っているのである。

すなわち、本件における土地譲渡の過半は、後述のとおり、いわゆる土地ころがしではなく、決算上、黒字を出すためにのみなされたもので、土地譲渡益重課制度の本来の目的である投機的土地取引ではない。本件の過半の約六〇パーセントについての土地譲渡益重課制度の適用を前提とした逋脱額をもってなされた一審判決の量刑は、その法本来の目的を逸脱した疑いがあるもので、憲法三一条の趣旨に違反し、刑の量定が著しく不当であると主張しているのである。原判決は、租税特別措置法六三条、六三条の二の除外規定の適用を受けられないから、憲法三一条に違反する筋合いではないとしているが、弁護人の主張を誤解しているものというべきである。

二 土地譲渡益重課制度の趣旨

法人の土地譲渡益重課制度は、異常な土地の高騰に鑑み、投機的土地取引(いわゆる土地ころがし)の抑制に資するための措置を講じる目的として創設されたものである。このことについて、高田静治編著「不動産の税務平成三年版」一〇五ページは、つぎのように述べている。

「超短期所有に係る土地譲渡益重課制度は、昭和62年度の税制改正において、異常な地価高騰に鑑み、投機的土地取引を抑制するために創設されました。創設当初は通常の法人税とは別に三〇パーセントの税率で課税する「追加課税方式」(現行の短期重課制度と同様の方式)が適用されていたため、黒字法人は実行税率で八五パーセント以上の負担率となっていたのに対して、赤字法人は三五パーセント程度の負担率となっていました。

そこで、平成三年度の税制改正においては、この追加課税方式を、土地等の譲渡による所得を他の所得と分離して課税する「分離課税方式」に改めた上、超短期重課制度の適用期限を平成九年三月三一日まで延長することとしました。なお、この改正は、平成四年一月一日以後に行う土地の譲渡等に適用され、平成三年一二月三一日までに行う土地等の譲渡については、従前の追加課税方式が適用されます。」

下山田裕(現、住金鋼材工業(株)取締役)(原審弁護人請求証拠番号65・陳述書)には、小林政雄が土地ころがしをして儲けるということを一切していないことを述べた、つぎのような供述記載がある。

「六、小林氏が本件で逮捕された報道を聞いたときの印象は、まさかと思いました。小林氏がつねに自分に責任を厳しく課すという対処の仕方をする人だからです。小林氏が万一高裁でも実刑になると、コリンズグループだけでなく、ゼネコン関係者や銀行なども深刻な影響をうけると思いますし、小林氏は、現在町づくり、環境づくりの公益的な大きな仕事をしており、これをぜひ完成してもらいたいと考えております。また、バブル経済がはじけても、小林氏は、投機的に株式投資をしたり、外国の不動産投資することは一切なく堅実に仕事をしてきましたし、バブル経済の原因の一つでもあった、土地ころがしをして儲けるということをしてもおりません。小林氏は、自分の甲斐性で自分の手で仕事をしてきた方ですから、バブルでも何でもなく、バブル経済がはじめても、銀行が体力が弱っているのに融資をし応援をしてくれるというのも珍しいことです。

小林氏がコリンズの社内体制をかえて、鈴木氏、大森氏、石原氏等を柱に据えて新体制で再出発しようとされていることは、資産デフレを乗り切り、これに対応するためにも必要なことですが、本件を再び繰り返すおそれはないものと思います。

小林氏は、単なる地上げ屋とは全く異なって、町づくり、環境づくりを真面目にしようとしている真のディベロッパーという貴重なかけがえのない人材ですので、裁判所では是非とも執行猶予の判決をして、小林本人にその機会を与えて下さいますよう上申する次第であります。」

三 本件が土地ころがしでないのに土地譲渡益重課制度の適用を前提とした量刑がなされていること

本件上告趣意書第三点でも述べるとおり、本件の逋脱所得金額の合計は、二四億〇七四三万九三八一円(これには、債券償還益が一億二〇三八万三八九一円が含まれているので、これを除くと、二二億八七〇五万五四九〇円である)である。しかし、本件逋脱にかかわる東洋産商の不動産取引のうち、コリンズグループ内部の各社に譲渡したために所得が発生したとされる部分は、一四億四二五三万九五〇〇円を占める。コリンズグループ外への売却は、九億九〇八二万一二〇〇円で、その全体の四〇・七二パーセントであり、その過半の五九・二八パーセントの一四億四二五三万九五〇〇円は、コリンズグループ内部の他の各社に「売買」という法形式をとり譲渡移転をしたために所得が発生したとされるもので、これは、いわゆる土地ころがしではなく、決算上、黒字を出すためにのみなされたもので、土地譲渡益重課制度の本来の目的である投機的土地取引ではないのである。本件の過半の約六〇パーセントについての土地譲渡益重課制度の適用を前提とした逋脱額をもってなされた原判決の量刑は、その法本来の目的を逸脱した疑いがあるものというべきで憲法三一条の趣旨に違反したもので、刑の量定が著しく不当である。

第二点 重加算税制度と本件量刑の憲法三九条違反

原判決は、「重加算税と刑罰とが制度として二重処罰の禁止に触れない以上、それぞれの制度の範囲内で行われる処分についても所論違憲の問題を生ずる余地はない。のみならず、法人の代表者である被告人小林に対する量刑においても、重加算税納付の事実を有利に斟酌していることは、その量刑の理由についての説示からも明らかである。」(原判決一七ページ、一八ページ)と判示している。

一 重加算税制度は、実質的に刑事制裁的機能を有する

吉良実(阪南大学教授)は、「重加算税を課税した上に更に逋脱犯として処罰しても、憲法三九条で禁止されている「二重処罰」にはならないというようなことが、よくいわれているのである。しかしながら、行政罰も刑事罰も「処罰」に違いはなく、したがって処罰される側の方からみた場合には、実質的には二重処罰であることにはかわりはないのではないだろうか。なるほど憲法三九条は、「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任は問われない」と規定していて、形式的には「刑事上の二重処罰」のみを禁止しているかのような規定形式にはなっているが、しかし行政罰も刑事罰も処罰される側の方からみれば「処罰」されることに違いないということを考えるならば、「重加算税」を課税した上に、更に「逋脱犯」として処罰することは、少なくとも実質的に二重処罰となり、この憲法三九条の規定の理念に反するところがあるということになるのではないか、という疑念は払拭できないのではないだろうか。」(吉良実「重加算税の課税要件と逋脱犯の成立要件」税理二四巻一号七七ページ)と述べている。

重加算税制度は、実質的にみるともともと刑事制裁的機能をも有する。法形式的には、これと刑罰は憲法三九条後段の二重刑罰の禁止には該当しないとしても、実質的には同じ行為を二重に制裁するものである。本件では三億九六七四万一五〇〇円もの重加算税が課せられ既に納付されている事実を実質的に考慮して刑罰を課するのでなければ、実質上、憲法三九条に違反する不合理な二重制裁となってしまうであろう。田宮裕教授は、「脱税額のいかんによっては、……相当な巨額に上ることもあるので、脱税者に罰金と同じ苦痛を与えることになり、または罰金と重ねて徴収すると苛酷な結果にもなる。ここから、憲法三九条の二重の問責の禁止に触れるのではないかという問題が生ずる」といわれる(ジュリスト一九六三年六月号憲法判例百選一二九ページ)。

北野弘久(日本大学法学部教授)は、「税法学の基本問題」〔成文堂〕三七八ページ、四〇三ページで、「刑罰と重加算税との併科は憲法解釈上は違憲でないとしても、少なくとも憲法の精神に反すること否定できない」といわれている。また「直接国税について重加算税制度が導入された理由として、……シャウプ税制当時、「あらゆる犯則事件について刑事訴追をなす必要から免れる要請」が存するということが挙げられていた。答申説明〔昭和三六年七月の「国税通則法の制定に関する答申の説明」第六章第二節二・三の三〕によれば、右のような要請は今日〔昭和三六年当時〕においても依然として存在するとされ、このことが重加算税制度の維持の大きな理由となっている。しかしながら、戦後の混乱期においてはこのような理由もいまだそれなりに妥当性をもっていたであろうけれども、あれから一〇余年を経た今日において、そのような理由が果たして合理的に妥当するか否かは、大いに疑問である。……通則法において、間接国税についても申告納税制度が採用されたにもかかわらず、間接国税については重加算税制度は適用されていない。その理由として、間接国税については、別に行政上の科刑手続としての通告処分制度があり、これにより、容易に罰金相当額を徴することができるから重ねて重加算税という制裁制度を導入する必要がないということが述べられているようである。しかし、通告処分の履行があるときは、一事不再理の効果が附与されるのであって(国税犯則取締法一六条)その限りにおいて、通告処分は、実質的には刑事処分に代わる機能を果たすものなのである。罰金相当額の履行は、その実質において罰金の履行と同じである。従って、通告処分制度を適用しないという議論は、そのまま直接国税にもあてはまるはずである。」(四〇五ページ~四〇六ページ)と述べている。さらに「憲法三九条の二重処罰禁止の趣旨からいっても、裁判所において刑罰を科するにあたって重加算税の納付を考慮して量刑すべきであろう。」(四〇六ページ、四〇七ページ)も述べ、さらに、「刑法学者は重加算税を納付したことを実質的に考慮して量刑すべきであるという意見を述べていることが注意せられる。」とし、田宮裕教授の意見として、「国家は、一定のポリシー実現のため幾つかの手段を創造することができる。本件の場合、徴収権確保のための手段として、追徴税があり逋脱税があるということは、疑いがないと思われる。そうすると、同じ国家目的のために、個人に二重の負担を課すのは、合理的ではないのではないか。こうして、たとえ逋脱犯を刑事の犯罪と解したとしても、同じように(憲法)三九条の準用が考えられなければならない。したがって、逋脱犯として処罰するときは、追徴税等を納付したことを実質的に考慮して、量刑すべきもののように思われる」(田宮裕・ジュリスト憲法判例百選五八)を引用しておられる。

二 重加算税等の納付によって本件逋脱税の損害は十二分に回復されている

1 本件刑事責任を問われた逋脱税額の三年分合計は、一五億三二四七万三四〇〇円である。しかし、これはいうまでもなく室伏、福田に対する出捐分を含んでおり、東洋産商の手元に残った所得額に基づいて納付すべき額は、室伏らに対する支払報酬が経費控除されるため、追加納税額は、修正申告書(一審弁護人請求証拠番号七七-三〇七六丁、七八-三〇七七丁から三〇八一丁まで、七九-三〇八二丁から三〇八八丁まで)記載のとおり、合計一二億二七四三万〇五〇〇円である。

以上の納税については、東洋産商と被告人は、その根拠、計算の内容について疑義を全く差し挟むことなく、国税当局の指示どおり直ちに修正申告をして即完納している。すなわち、右本税と延滞税二億二〇二二万一二〇〇円、重加算税三億九六七四万一五〇〇円は、国税当局が指示したその日に(本税については、平成元年一二月二六日、延滞税については平成二年三月六日、重加算税については平成二年三月二三日に)納付されており(一審弁護人請求証拠番号八一ないし九二-三〇九六丁から三一〇七丁まで)、その合計金は、一八億四四三九万三二〇〇円である。これら三年度の法人都民税、事業税(すべて平成元年一二月二六日納付)の追加納付分の合計は、五億〇三二四万二三〇〇円であり(同九五ないし九八-三一一〇丁から三一一三丁まで)、以上合計は二三億四七六三万五五〇〇円に達する。

起訴されている逋脱所得額の合計は二四億〇七四三万九三八一円であるが、その約八〇パーセント(二〇パーセントは、室伏、福田に対する支払報酬であるため)に相当する一九億円余が東洋産商の実質所得であるところ、右税額はこれを四億数千万円程度上回る。東洋産商としては、本件犯行によって得たもののすべてを超えて、さらに多くを納税したこととなる。

本件犯行によって被告人らが国の課税権を侵害したことによる損害は、完全に回復されているばかりか、それを超えた厳しい制裁をすでに受けているのである。

したがって、原判決は、被告人の納税努力によって、本件修正申告による本税、延滞税は勿論、多額な重加算税を既に完納し、本件後も、巨額な税金を納付し続けている重要な事実に対し、これを看過ないし過少評価しているのは、憲法三九条の精神に違反し、その量刑が甚だ不当であるというべきである。

第三点 逋脱所得の過半については違法性の程度が低いことについての無理解と量刑不当

一 まず、原判決は、

「所論は、本来自社ビル用地として土地を取得し、固定資産として保有する場合に、簿外資産作りのために土地代金額を水増しし、手数料、協力費の架空計上をしても、土地勘定に計上されるだけで、損益勘定に影響しないから、それ自体としては何ら法人税法違反を構成しないと主張するが(控訴趣意第二の二)、それはあくまで東洋産商がその土地を自社の内部で保有し続けた場合にいえることであって、東洋産商から外部に転売された場合には、たとえそれがコリンズグループの内部の取引であっても、水増し、架空計上に相当する分の逋脱所得が生ずることはいうまでもない。本件で問題となっている土地は総て東洋産商から外部に流出しているのであるから、所論は事実に基づかない仮定論に過ぎないというべきである。」(原判決一二ページ)

と述べている。

この部分は、原判決が控訴趣意を排斥する思いの余りの誤解に基づいた判示である。控訴趣意書第二の二(一三ページ)、原審における弁護人宮川光治の弁論要旨一1(一五ページ)にあきらかなとおり、本件逋脱所得の六割に相当する部分は、構成要件該当性、違法性の存在については争わないとしても、実質的にみると、他の事案に比し違法性は低いにもかかわらず、そのことが量刑上考慮されていないという控訴趣意の中で、一般論として述べたことにすぎない。それを「事実に基づかない仮定論」であるとしてことさら厳しく排斥することには、奇異の感を抱かざるをえない。

二1 いうまでもなく、刑の量定にあたっては、違法性の程度、大小が重要な要素となる。バブル現象の下で特に巨額の不動産譲渡益(ころがし利益)、巨額の株売買利益などを隠したり、仕手作戦に便乗して利益を追求した結果得た巨額の利益を隠匿したという事犯であれば、その違法性は大きく、懲役二年、三年という実刑も、その額によっては、当然であるといえよう。

しかし、本件は、これらと本質的に異なる。原判決は、この点について、まったく無理解である。この点を、以下、指摘する。

2 原判決は以下のとおり判示している。

「また、所論は、本件逋脱所得金額は合計二四億〇七四三万九三八一円(債券償還益を除くと、二二億八七〇五万五四九〇円)とされているけれども、その所得を生ずるに至った不動産取引の実態をみると、右のうち、東洋産商がその所有する土地をコリンズグループ以外の企業に譲渡して得た利益は九億九〇八二万一二〇〇円に過ぎず、残りの一四億四二五三万九五〇〇円は総てコリンズグループ内部における売買によって生じたものであり、東洋産商を含むコリンズグループ全体としてみれば、逋脱所得とされた金額の約六割に当たる部分は仮象ともいえる利益に過ぎない点において他の逋脱犯とは本質的に異なっており、違法性の程度は低い旨主張する(控訴趣意第二の一、三、四及び八)。

しかし、ここでも所論は東洋産商とコリンズグループとを混同している。たとえ被告人小林が東洋産商を含むコリンズグループ全体のオーナーであるとしても、課税所得の発生の有無は、独立の法人格を有するグループ内の各社毎に、それぞれ別個に問題とされることはいうまでもない。本件は、東洋産商が、不正の方法により所得を秘匿し法人税を逋脱したことにつき、東洋産商及び行為者である被告人小林の刑責を問うものであって、コリンズグループ全体のそれを論ずるものではない。そして、東洋産商に土地の譲渡による利益が生じ、これにつき所得秘匿がなされている以上、行為者である被告人小林の責任が問われるのは当然であって、たまたま東洋産商にその利益を齎したのが同被告人がオーナーであるコリンズグループ内の別会社であるとしても、そのことによって当該利益が仮象となり、あるいは逋脱犯の違法性に消長を来すべきいわれはない。所論は、グループ内の各社の法人格を否認し、グループ全体の利益を被告人小林の個人所得と同視するに帰し、到底採用の限りでない。」(原判決一三-四ページ)

3 そもそも、原判決のいう、「課税所得の発生の有無は、独立の法人格を有するグループ内の各社毎に、それぞれ別個に問題とされることはいうまでもない」ということは、たまたま、わが国がそのような立法政策をとっているからなのであって、この点については、異った考えもある。

この点に関連して、わが国においても立法論として、連結(納税)申告制度を採用すべきであるという考えがある。すなわち、子会社、系列会社などの、いわゆる結合企業について、法形式的な人格を課税単位とすることは妥当でないという考えであり、全体としてみて経済的に単一の企業としてみられるものについては、課税はそのような経済単位にしたがっておこなわれなければ、真にこの種の企業の担税力に応じた課税にはならないと考えるのである。この立法論は、個別法人単位に課税される税制の下では、黒字の親会社から赤字の子会社へ所得振替をして子会社の繰越欠損金と相殺しもって税額を減少するということなどを防止できないとする。アメリカ合衆国ではこのような制度を選択することを認めており、法人税収の七割強が連結申告によるものとなっているといわれる。連結申告制度は、フランス、オランダ、デンマーク、スペイン、ルクセンブルク、ノルウェー、ポルトガルなどの諸国で採用されているという。むしろ、わが国では結合企業税制が未発達であるともいいうるであろう。(最近の文献として、増井良啓「会社間取引と法人税法-結合企業課税の基礎理論1-5」法学協会雑誌一〇八巻三、四、五、六、九号参照。)

この考えに従えば、結合企業間における売買については売上利益は計上されない。こうした連結申告制度の下では、後述のとおりまさに本件逋脱所得の六割は、現時点ではなんら問題とされないのである。利益なきところに課税なしである。

4 本件逋脱行為に関わる東洋産商の不動産取引をみると、株式会社コリンズ、株式会社コリンズフォー、株式会社コリンズファイブというコリンズグループの他の会社に譲渡行為を行ったのがほとんどである。グループ以外の会社に売却したのは、新宿区左門町の各物件を芝興産株式会社とその関連会社である青南エンタープライズに売却したものであり、それらは、昭和六一年三月期の四億七六〇二万二四〇〇円と六一年三月期の五億九〇八二万一二〇〇円の二期分合計九億九〇八二万一二〇〇円のみである。残りはコリンズグループ内部の各社に「売買」という法形式をとり譲渡移転したために所得が発生したとされたものであり、一四億四二五三万九五〇〇円を占め、約六割に達する。

5 本件で逋脱所得のうち過半以上についてそれが法人税法違反に該当することとなったのは、まず、第一に、コリンズグループの中で東洋産商に土地仕入部門を担わせ、取得した土地を後日ビル建築・保有部分である株式会社コリンズやコリンズのいわゆるナンバー会社に譲渡移転するという事業経営システムを採用したことに帰因する。

この点について、高際幸子証人は、一審第六回公判調書(公判調書(供述群)二〇九丁表から二一六丁表まで)において、要旨次のとおり証言している。

被告人は、昭和五八、九年ころから自社ビルの所有とその賃貸を事業の中心としようと考え、ビル百棟計画を立案し、その実現を目指した。その際、「コリンズ」というブランド名でビル建築を行うこととし、ビルの建築、保有は株式会社コリンズで行うこととした。株式会社コリンズは、もともと昭和五五年にリース店舗賃貸業を営業目的の中心として設立されたものであるが(旧商号「東洋エンタープライズ株式会社」)、のちに昭和五九年頃からビル会社に変って行った。東洋産商をコリンズと商号変更をしてビル会社としてもよかったのであるが、仲介業者として「東洋産商」という名前は業界に浸透していたのでこの名を残し、ビルを建築してこれを保有するのはコリンズ、土地の仕入は東洋産商と分けた。いわば、ひとつの企業内における、土地仕入部門と建築・保有部門を二つの法人に分けたにすぎない。実態としては、一企業の縦割のセクションと同じである。また、一時期、ビル建築・保有部門である会社の一社あたりの負債総額を二〇〇億円以内に収めて経営をしていくという方針をたて、次々と株式会社コリンズ・ワン、株式会社コリンズ・ツゥーといわゆるナンバー会社を設立したが(二一二丁表)、そのわずらわさに、後に、株式会社コリンズに統合していくという方向がとられ、その統合は完了している。現在では、土地の取得もビル建築もコリンズに統合されている(二一二丁表)。

右のすべての会社の株式は、被告人が実質一〇〇パーセント保有し、(二〇九丁裏)、オフィスは同じであり、社員も出向という形をとり、全員同じである(二一三丁裏)。

このように、本件の特質は、被告人が一〇〇パーセントオーナーであるグループ内の不動産の移転なのであり、そこにおける「譲渡益」に関連しているということである。

6 被告人自身のこの点についての認識はどうであったかみてみよう。一審第六回公判調書において、弁護人の質問に次のように答えている(二七一丁裏以下)。

左門町の物件について、芝興産と青南エンタープライズに何回かに分けて売却しましたね。

はい。

先程一回切りではないというふうにおっしゃったのは、その何回かのことを指していると思うんですが、その六一年度と六二年度の法人税の申告については、所得隠しといいますが、利益隠しがあるということは、あなたは分かっていたんでしょう。

ですから芝興産に売却したということについて所得隠しがあったということは分かりますね。第三者に売りますからね。

それは分かっていたわけですね。

はい。そうです。

それ以外の物件について、六一年の三月期から六三年の三月期までの間に、産商からコリンズやコリンズのナンバー会社に譲渡して、その決算書やなんかはあなたはご覧になっているわけだけれども、そのときになんか利益をそこでも隠しているんだと、こういうような意識はあったんですか(二七二丁表)。

これは全然ありませんよ。というのはこれ、第三者に販売すれば、これはいわゆる税を逃れたというか、うちの場合は私が全部社長ですから、自分のうちでやっているわけですから、自分の資産というか、自分、全部借入ですから、原価が多くなるだけですよね、簡単に言えば、そうじゃないですか、自分の金が動いているだけでしょう。いわば、そういうふうな私の気持でいますよね。

でいたわけですね。

もちろんそうですね。

六本木、四谷四丁目、太子堂、大京町、これらの物件はコリンズが保有しているし、今後も可能な限り保有し続けるつもりでいるわけですね。

もちろんそうです。

しかし、コリンズから他に売ったときに問題は生じますね(二七二丁裏)。

そうですね、土地の高騰にも関係するでしょうし、いろんなことに波及しますね。

もしそこで譲渡益が出たりすれば、そこで利益が圧縮されているとか、こういうようなことで問題が出て来ますね。

一般的にはそういうことじゃないですか。一般的な脱税というのはそうだと思いますよ。

そのような気持ちではあったんですか。

ですから私はあまりこう、なんていいますかね、人のことはあまり言えませんけれど、一般的な脱税というのは、要するに自分のものを他様に売ると、利益を誰かによこにすると、これはそうですけど、うちの場合は同じ小林社長の東洋産商から、同じ社長のコリンズに行き、しかも同じコリンズの小林社長のコリンズナンバー3に行ってると、それだけのことですよね(二七二丁裏)。

というような気持が当時あったわけですか。

もちろんあります。今でもあります。それは。

ただそれは今では税理士、公認会計士、それから我々の説明では問題点があるんだということは分かっているんですね。

もちろん今は分かりますけど、実際に私の気持の中では、

当時の気持の中では。

そうですね(二七三丁表)。

被告人は、本件の多くは、彼が一〇〇パーセントオーナーであるコリンズグループ内における不動産の移転であり、そこにおいては、いわゆる脱税といわれる事態は発生しないのではないかという認識でいたと思われる。

7 法人税法は、租税法の中でも、とりわけ技術的・政策的性格が強い。法形式的にみて法人格が異なるごとに別々の法人税を課税する(個別法人単位の規律)としていること自体も、技術的・政策的配慮からなのであって、このことのゆえに、本件でも約六割部分について逋脱所得とされ、処罰の対象となったのである。

被告人は、右5にみたように、東洋産商はもとよりコリンズグループ会社の実質上一〇〇パーセントオーナーである。各法人は、彼個人の下で一単位として活動させられているひとつの事業体なのであり、各法人がそれぞれ独立の主体となっているのは、法律上の擬制によるものなのである。連結申告制度の下では、本件の約六割部分は、なんら問題とならない。課税の対象となる利益は実質的にはなんら発生していないからである。わが法人税法の下で処罰されるのは、まさにその特殊技術的・政策的性格のゆえなのである。利益(所得)が存在しているとされるが、それはそう擬制されるためなのであり、本当は存在していない。それは仮象である。

以上のように、本件は、実質的にみると、いわゆる利益隠しの事例に比すると、その違法性は甚だ低い行為であるというべきである。

(もっとも、連結申告制度の下でも、グループ外に土地移転がおこなわれた年度には法人税法違反が発生する可能性がある。しかし、今日のように東洋産商やコリンズが巨額の赤字決算をしている状況の下では、法違反となる可能性はない。)

8 原審において立証したとおり、東洋産商は、この事件で問題とされた年度以降は、赤字決算である。昭和六三年度は一四億六八〇〇万円、平成元年度は九億五八〇〇万円、平成二年度は一〇億三〇〇万円、平成三年度は三億九二〇〇万円の税引前損失を出している(小林政雄の原審第二回公判調書速記録四六丁表以下、原審弁護人請求番号76、77、78、79の各「東洋産商(株)決算報告書」)。

もし、各不動産の譲渡行為をこれらの年度にうまく配分しておこなっていれば、法人所得が発生しないようにすることも可能であった。また、東洋産商からコリンズグループへの土地の譲渡価格は本来自由に決し得ることであり、譲渡において損失を発生させ、赤字決算にすることもできた。

しかし、原審で立証したように、再開発事業資金について銀行から融資を受けられるためには、赤字決算はできず、経理操作をしてでも決算上利益を出さなければならなかった。株式会社コリンズへの統合前の昭和六三年度までの東洋産商の決算もそうである。そのために、コリンズグループ内の関連会社間で不動産売買をしたこととし、決算上「利益を作った」のである(前記小林公判調書一丁裏以下)。

この点について、小林は、弁護人の質問に対して次のように答えている。

「この物件を対外的に売るということではなくて、しかも再開発するために銀行の要請に従って利益を出していくということでございますよね、しかも、われわれの会社の中にあることであるということであれば、例えば経費が出たとしてもそれは原価が高くなるだけであって、やがて私の身が痛むということですから、あまり特別何か得をしたというようなそういう気持もございませんし、そんな感じでおります。」(前記小林公判調書四七丁裏以下)

9 原判決は、以上について、まったく無理解である。一審判決、原判決の量刑判断において、この重要な点が斟酌されていないことが、著しく不当な刑の量定の一因となっているというべきである。

第四点 被告人およびコリンズの納税実績・納税努力と量刑不当

原判決は、「所論は、被告人小林及びコリンズグループにおいて過去に負担し、将来負担し続ける税金は巨額であり、同被告人のすさまじい納税努力によって納付されている事実を看過し又は過少評価していると主張するが、担税力に応じた税金を納付することは国民の義務である。コリンズグループに対する税金が巨額なものとなり、税金を納付した後に膨大な欠損を生じている原因は、同被告人が新宿区、荒川区の大規模な開発を企図し、五〇〇〇億円を超える借入れを行い、その金利支払いのために手持ちのビルを次々に売却するという道を選んだ結果、短期、超短期の土地重課を招いたためであり、同被告人自身の意思に基づくものである。」(原判決一八ページ、一九ページ)と判示している。

一 被告人およびコリンズが過去負担しさらに現在、将来負担し続ける税金が巨額で、まさに「酷税」であることについて

1 一審弁護人請求証拠番号一六〇-(株)コリンズ損益計算書(全22冊の内19冊証拠書類群、三五二九丁)ならびに被告人の一審第一三回公判供述調書(全22冊の内22冊公判調書(供述)群、七七一丁以下)により明らかなとおり、平成元年一二月一日から平成二年一一月三〇日までの平成二年度第一一期(株)コリンズの決算では、売上高六七一億三七四七万円、税引前利益は八一億七七七八万円に達する。修正申告前の法人税と都民税の合計額は八〇億三六七五万円で、実に右利益の九八・二八パーセントが税金であり、税引後の利益は、わずか一・七二パーセントの一億四一〇三万円である。修正申告後の法人税と都民税の合計額は、七五億三二〇七万円で、実に右利益の九二・一〇パーセントが税金であり税引き後の利益は、わずか七・九パーセントの六億四五七一万円にすぎない。また、一審弁護人請求証拠番号一六一-納税額一覧表(全22冊の内19冊、三五三〇丁、三五三一丁)によると、平成二年度の事業税は一二億五〇四三万円(修正申告後一三億一七五〇万円)である。これは、想像を絶する過酷な状況で、まさに「酷税」といわなければならない。

なぜ、このような結果を生ずるかについて、被告人は、一審第一三回公判調書で、要旨、次のとおり述べている(七七一丁裏から七七三丁裏まで)。

ビル一〇〇棟計画は完遂間近であるが、次の大規模な都市再開発事業の遂行のために、多額の借り入れが必要であり、そのための金利負担が膨大である(七七三丁表)。

それを賄うために、これまでは保持し続けるつもりであったビルを売却処分するということをせざるをえない。ところが、コリンズは新興不動産開発業者であり保有している土地(ビル敷地)は、いずれもこの数年間に取得したものばかりである。いまの土地税制の下では、土地譲渡については、保有期間二年以下の土地の譲渡益については、いわゆる超重課として三〇パーセント、二年をこえ五年以下のものについては、重課として二〇パーセントの税金を加算して支払わなければならない。このような税制の下では、大規模開発を行うために借り入れをふやせば、必然的に巨率の税金を払わざるをえないこととなる(七七二丁表から七七三丁裏まで)。

2 さらに、コリンズグループが全体として、過去一一年間、どのように納税してきたかをみてみよう。

一審弁護人請求証拠番号一六一-納税額一覧表(三五三〇丁、三五三一丁)は、コリンズグループ全体の納税状況を昭和五五年度から平成二年度にわたり集計したものである(この表は、申告所得の発生年度ではなく、各期末の年度毎の集計である。そして、本件逋脱に関わる修正申告後の本税、延滞税、重加算税の支払額については記載されていない)。

これによると、コリンズグループ全体としては、一一年間の合計で二三六億一五四一万円の税金(消費税五億八八八八万円を含む)を支払うという結果である(小林個人の納税額を加えると二五〇億円を超える)。しかし、税引後利益は、一一年間でマイナス三六億一五八五万円に達する。なんという税制であろうか。

右結果でみる限り、被告人とコリンズグループは一一年間、二五〇億円という巨額の税金を支払うために、まさに骨身を削って働き事業活動をおこなってきた(被告人の一審第一三回公判調書、七七三丁裏から七七六丁表まで)。にもかかわらず、三六億円をこえる損失を結果として抱えるという事態なのである(なお、修正申告後支払った本税、延滞税、加算税の額を加えると、損失の額は約六〇億円である)。これがわが国の税制の現実である。

「利益隠くし」といわれるが、「隠くすべき利益」はなんら存在しないというのが実相である。

3 昭和六三年から東洋産商とコリンズとの納税額が逆転し、後者の方がはるかに大きくなり、平成元年では、東洋産商とコリンズのナンバー会社のコリンズへの統合がほぼ終了する。本件逋脱事件の翌年以降の平成元年と平成二年のグループの納税額は次のとおりである。

<省略>

右の税額について、コリンズについてみると、平成元年分合計五二億七七〇七万円は完納しており、平成二年分の合計八八億四九五七万円についても、法人税の六四億五三五九万円は平成三年六月二四日までに完納し、都民税、事業税についても平成三年一一月二一日までに完納している(一審弁護人証拠番号一七七-税金支払表、三五七三丁)。本件逋脱事件のあと、小林政雄が率いるコリンズグループは、三年間の逋脱税額の約一〇倍近い税金を二年間に納めたこととなるのである。

なお、コリンズについてみると、平成三年度においては、決算が赤字であるにもかかわらず、重課・超重課制度のため、法人税七億六二三五万円、都民税一億四五二八万円、合計九億〇七六三万円を納付するに至っている。消費税を加えた税引き後の欠損は、なんと、一〇五億七三四二万円にも達するのである。

平成四年度についてみても、原審弁護人請求証拠番号71((株)コリンズ一三期予想損益計算書)および小林政雄の原審第二回公判調書速記録二八丁、二九丁の予想損益計算で、三四六億円の欠損が生じ、実際の決算(添付の(株)コリンズの損益計算書〔自平成三年一二月一日、至平成四年一一月三〇日〕)によると、二四一億円の欠損となっている。この年度においても、決算が赤字であるにもかかわらず、重課・超重課制度のため、法人税等四四三四万余円を納付しているのである。

損益計算書

<省略>

棚卸資産の棚卸方法及び評価基準

◎棚卸方法 帳簿棚卸

◎評価基準 最終仕入原価法

二 コリンズグループおよび被告人の納税実績

1 当審弁護人請求証拠番号2「納税額一覧表」によると、昭和五七年度以降平成三年度までのコリンズグループの法人税等の一二年間の納税実績は、つぎのとおりである。

法人税・都民税等の合計額

昭和五五年度 五〇六〇万六五五〇円

昭和五六年度 一億一四九四万一四六〇円

昭和五七年度 二三六二万四七四〇円

昭和五八年度 三億〇一七三万〇二九〇円

昭和五九年度 三億四八〇五万三六九〇円

昭和六〇年度 八億三三五八万九五九〇円

昭和六一年度 一六億〇五一六万三五九〇円

昭和六二年度 二五億三六七四万七〇二〇円

昭和六三年度 四二億三四一五万七八〇〇円

平成元年度 五五億二四八六万〇七〇〇円

平成二年度 九六億七八二八万九七〇〇円

平成三年度 一五億〇三二九万三八〇〇円

合計 二六七億五五〇五万八九三〇円

法人税等だけをみても、昭和五五年度以降平成三年度までの一二年間の納税実績は、何んと、二六七億五五〇〇万余円の巨額に達するのである。本件逋脱額は一五億三二〇〇万円であるから、その納税総額との割合は五・七パーセントに過ぎない。

因に、昭和六〇年度以降の税引前の利益と法人税等の納税実績とを棒グラフで示すと、つぎの表(税引前利益と納税額等の比較グラフ)のとおりである。

<省略>

2 つぎに、小林政雄の所得税について、昭和五五年度以降平成三年度までの納税実績を示すと、つぎのとおりである。

昭和五五年度 九一六九万六二五〇円

昭和五六年度 八八九九万一五〇〇円

昭和五七年度 四一九四万四三〇〇円

昭和五八年度 五〇七七万三七五〇円

昭和五九年度 四八七八万六七〇〇円

昭和六〇年度 四五五四万四三〇〇円

昭和六一年度 四七九九万三六〇〇円

昭和六二年度 四四四七万〇七〇〇円

昭和六三年度 五六三二万六六〇〇円

平成元年度 四億二三四五万〇五〇〇円

平成二年度 四億八三六〇万四〇〇〇円

平成三年度 四億一五七二万六〇〇〇円

合計 一八億三九三〇万八二〇〇円

コリンズグループの納税額合計二六七億五五〇〇万円と小林政雄の納税額一八億三九〇〇万円との合計は、二八五億九四〇〇万円に達する。

本件起訴後の昭和六三年度から平成三年度までの四年間の納税実績だけをみてもコリンズグループの納税額の合計が二〇九億四〇〇〇万円で、小林政雄の所得税の納税額合計が一三億八〇〇〇万円、その合計の納税額が二二三億二〇〇〇万円になるのである。

3 このほか、コリンズグループが支払った固定資産税等があるのである。

原審弁護人請求証拠番号66「固定資産税・都市計画税、特別土地保有税納税額一覧表」によると、

昭和六〇年一二月一日から平成四年一一月三〇日まで七期にわたる納税額の合計額は、

固定資産税・都市計画税 八九七、五八四、九四六円

特別土地保有税 三、四七三、二六六、五四九円

合計 四、三七〇、八五一、四九五円

固定資産税等の納税額は、四三億七〇〇〇万円にものぼるのである。

これとコリンズグループおよび小林政雄との納税額合計二八五億九四〇〇万円とを合計すると、三二九億六四〇〇万円となる。

因に、本件逋脱税額一五億三二〇〇万円との比率をみると、その納税総額との割合は僅か四・六パーセントにすぎない。

4 小林政雄個人の手腕で成り立っているコリンズグループ等で、納税総額三二九億六四〇〇万円という巨額の納税によって国家財政に貢献しているその納税実績と納税努力に比して、本件逋脱税額の割合は、僅かに四~五パーセントにすぎず、他の逋脱事犯の税金逃れの事例と比較すると、これは全く類を見ない低率というべきである。

一審判決は、「本件脱税率は、三年通算で四〇パーセントであって、法人税の脱税事犯の中では、特に本件と同時期ころに行われた不動産取引による所得を中心とした脱税事犯の中にあっては、低い方であるといえる」(二三一丁)とも判示しているけれども、本件の逋脱税額とコリンズグループの過去一二年間の法人税の申告税額の総額とを比較すると、近時の法人税法違反事件のなかでは、その低さにおいて稀有の事例であるというべきであろう。

法人税法違反を犯して罪を問われた企業体で、これほどまでに納税実績をもつ企業体が存在したであろうか。あるいは、今後、存在しうるであろうか。さらに、また、逋脱行為後の続く二年間(平成元年と平成二年)に、逋脱税額の約一〇倍に相当する約一五〇億円もの納税をおこなうという企業がこれまで存在し、あるいは、今後存在しうるであろうか。

5 今日、このよう巨額の税金を払い切るということは、尋常なことではない。不動産関連融資についての厳しい総量規制の下で滞納したり、金利の支払いをストップしたり、さらには倒産する不動産開発業者が続出している。金融界の信頼が厚いコリンズグループにおいても、平成三年四月から平成四年九月までの一年六か月間において、借入れ予定額一九六六億円と実際の実行額一一三四億八八〇万円との差が八三二億円もある(一審弁護人請求証拠番号一五八-借入金予定額と実行額の推移表、全22冊の内19冊三五一九丁から三五二三丁まで。原審弁護人証拠番号5-同推移表)。資金不足は深刻である。契約代金の支払いは手元にある金で対応していくことにならざるをえない。税金引当金も事業資金にまわさなければ、事業活動も停止してしまうというのが実態である。バブル経済崩壊後においては、手持ちのビルを売るにしても、今は売却の話もまとまらない。売るにしても買うにしても融資がつかないという状況である。

こうした状況下にあるにもかかわらず、右の巨額な税金を納めているということに、弁護人は、被告人の納税についての努力にすさまじいばかりの決意をみる。

6 コリンズおよび小林政雄は、二八五億九四〇〇万円の納税、これに固定資産税等を加えると、三二九億六四〇〇万円という多額の納税をしているが、これは、それだけの利益が出たということよりも、コリンズグループが都市の再開発を展開していることによる。多くの土地を取得し、保有しなければならず、その事業資金の規模は巨額である。そのための借入れを銀行から受けるには、どうしても赤字決算にしてはいけないという事情がこれまであった。黒字決算にするためには、利益を出さないといけない。利益を出すためには、不動産を処分する必要がある。

コリンズグループでは、特に本件の東洋産商を含めて、黒字決算を出すために、コリンズグループ内の関連会社間において不動産売買をしたことにする。そうすると、実質的には利益を上げたというわけではないにもかかわらず、決算上は利益が出る。その結果として巨額の納税をしなければならないという事態となる。

すなわち、通常の法人所得税のみならず、不動産売買をするということになると、重課税、超重課税制度によって、特別に多額の税金がかかり、それも全て納めなければいけない。本来重課、超重課の制度というのは、特に業者間の転売、いわゆる土地転がしを防止するために作られた税制である。土地転がしというのは、土地を不動産業者等の間で転々と売買して、不動産業者がその差益を取得することによって地価が高騰する。そのため、地価の高騰を防止するということが目的で出来たのが、重課税、超重課税制度であることは前述したとおりである。そうだとすれば、コリンズグループ内での不動産売買は、決算上だけ黒字にするための操作であって、重課、超重課制度の目的とするいわゆる土地転がしには当たらないのである。本来、都市の再開発事業は行政(国または地方公共団体)で行われるべき事業であるにもかかわらず、小林政雄は、コリンズという一民間企業でこれを実行しようとしたのである。しかも、この街作りとしての再開発事業は、地元の行政はもちろん地権者もこれを歓迎し、喜ぶものとして地域社会の発展に貢献しようとした事業であったのである。

この間の事情について、小林政雄の原審第二回公判調書速記録三丁裏、四丁から五丁までは、宮原弁護人の質問に対し、つぎのように供述している。

そういう黒字決算をかなり無理をしてまで利益を上げた真意は、どこにあるんでしょうか。

これは開発事業を続けていきたいというものと、これは赤字ですとお金が借入れできませんので、事業を進めていきたいという以外の何者でもございません。

その事業というのは、どういう事業でしょうか。

特に今は開発事業が大きな柱になっておりますので、これも何千億円というような大きな資金が必要でございますので、開発事業がメインになっております。(三丁裏)

(中略)

そういう本来の再開発事業というのは、行政でやる事業ではないんでしょうか。

そうですね。一般的には民間よりも法律でやるケースが多いと思います。

そういう多額の納税をして利益を出してまで、なぜ開発事業をしたいのですか。

私はビル百棟計画というのを打ち出しまして、これもほぼ完成というか、私の目標としてはできるという可能性ができましたので、次にやるとすれば、最後はこれしかないと。地域社会に貢献できるような開発事業しかないというふうに考えたものですから、この仕事に挑戦したいと思いました。

原審でもあなたのロマンを実現させたいというような供述をされていますね。

はい。

これは、不動産業界のレベルアップということも考えられたんでしょうか。

それはそうですね。特に我々の業界はあまりいい業界として感じてもらえていないものですから、非常に顰蹙を買うというか、楽してお金を儲けるというふうに考えられている業界だけに、せめて私は、そのような事業じゃなくて、もっと自分の汗と努力でできるような事業というものを考えていて、その事業に取り組んでいるわけです。

そうすると、一般に不動産業者というか、土地の売買のいわゆるブローカーということですけれども、あなたの場合はデベロッパーとして街づくりを考えたということですか。(四丁、四丁裏)

そうです。

そのことをやることによって、不動産業界のレベルアップにもなると考えられたんですか。

もちろん、そう思っております。

なぜ、レベルアップになるんですか。

ですから、先程もお話をしましたように、大変なリスクを抱えて、いわゆる生産事業ですよね。土地を作っていくということに変えているわけです。それによって開発メリットを我々が作って、簡単に言うならば、地権者、地主さんたちにも喜ばれるような仕事をしていくということですね。しかも、行政の立場から見ても、我々がやることによって、非常に、社会貢献というものを大きく理解していただけると、そのように思ったからです。

あなたが考えておられる再開発事業、いわゆる街づくりというのは、地権者も喜ぶような、そういう街づくりだったと。

そうですね。特にそれを望んでおります。望むというか、目的に持って進めております。

そのことはまた、社会に貢献しようという夢でもあるということですね。

もちろん、そういうことです。(五丁、五丁裏)

7 被告人がもしビル一〇〇棟計画の実現(それ自体、期間を考えると、驚異的ともいうべき事業であるが)に満足し、これからの実人生をビル賃料収入に依存し、悠々自適の人生を送るという道を選択しておれば、このような酷税に遭遇することはなかった。大京町、内藤町、四谷四丁目、富久町、北新宿等の新宿区内の開発が遅れた地域の大規模開発を構想し、街づくりの夢を抱き、荒川区を変貌させようというロマンを抱いてその実現を目指して事業活動を開始するということがなければ、今日のような五二六四億円(一審判決後、平成四年九月末現在で、銀行からの借入金一一七七億一〇〇〇万円、ノンバンクからの借入金四〇八七億五〇〇〇万円、その借入金合計五二六四億六〇〇〇万円-原判決後も被告人に対する銀行等の信用がゆらいでいないことの証左である。)をこえる膨大な借入れの必要はなく、その金利を支払うために、手持ちのビルを次々と売却していくという必要もなかった。いわば、被告人が、街づくりへの情熱を抱き、公共の精神をもち、社会性をもった企画を立案し、これを実現するということに踏み出したことにより、国家財政も巨額な納税によって潤うこととなったというべきであろう。

この道は戻れない。事業活動と苛酷な納税を完遂するほかなく、被告人にも戻る気持はまったくない。今後の陣頭指揮によって各プロジェクトが進展していく限り、毎年、被告人が率いるコリンズグループは、巨額な納税をし続けることとなるであろう。

この点について、弁護人の質問に対して、被告人は、一審第一三回公判調書七七五丁裏から七七八丁表まで)で、次のとおり答えている。

税金を一〇一億円も払いながら、税引後利益はマイナス一六億円に達してしまうと、あなたは毎日朝七時から夜遅くまで一生懸命仕事をされているわけですね。

はい(七七五丁裏)。

一生懸命働いてもその利益のすべてが税金として払われるということになると、これが現実ですね。

そうですね。

あなたの仕事のやり方やエネルギーをもっと工夫したり、もっと節税の努力をしたり、あるいは他の仕事に振り向けたりすれば、手元に残る利益というものももっと多い、別の世界も開けるんじゃないですか。

開けると思います(七七六丁表)。

しかし、にもかかわらずあなたは今のような仕事のスタイルを続けていかれる、なぜですか。

これは目的があるからです。

どういう目的ですか。

たとえば私としての目標、ビル一〇〇棟計画というのは新聞に発表しました。そしてその結果を皆さん方に見てもらおうということで実は新聞に発表いたしまして、現実にそれもほぼ完全にできるということが今から二、三年前に土地も確保できて終わってるわけですね。ですから私これ以上の目標というとまちをつくることしかありませんし、不動産業として最高の夢としてはまちをつくることしかないと思うんですね。この夢を目標として賭けているということがあるからあまり税金払うとか払わないとか考えてません。

そういうまちを開発する。まちづくりをするためにこの事業を続けていく、そのことの結果としては、その過程では税金は払い続けなければならない。税金を払うためではなく、まちをつくるために税金を払うということですか。

そういうことです(七七七丁表)。

諸外国ではこういう都市の整備や再開発を行うデベロッパーに対しては、特別な税制などあって税制上配慮されているということがあるわけですが、日本では現在厳しいわけですね。

そうですね。

特にあなたのようなこの数年急成長してきた会社にとっては大変に厳しいわけですね。

そうです。

そういったことがあなたの開発意欲を、情熱をそぐということはないんですか。

まあ私はむしろ逆にこれがデベロッパーとしてアメリカ諸外国のようにまちを開発することが一つの勲章として評価を得るとすれば、私以外の人がだんだん出てくると思うんですが、残念ながら我々みたいな会社がやろうとすればつぶされるという状況ですね。ですから誰もできない中に僕だけやっている。そういう一つのやりがいと言いますかね。私はむしろそんなふうに考えております。

厳しい条件だからこそ一段と情熱も湧くと、私でなければやれないのではないか思う。そういうことですか。

はい。そういうことです(七七八丁表)。

弁護人は、この上告趣意のなかで、あえて「酷税」と表現した。しかし、裁判所に注目していただきたいのは、被告人にはそのような非難めいた意識はなく、街を創造するためには税金を払い続けるということは当然のことで、そのことをあまり負担に考えず、厳しい状況にかえって情熱をかきたてているということである。このような被告人の意識に、弁護人は、そのさわやかな人柄と真の企業家精神をみるのである。

次に、今後も巨額の納税が続くであろうという点について、被告人は、一審公判調書(七八〇丁裏から七八一丁裏まで、七八二丁表から同丁裏まで)で以下のとおり述べている。

ところであなたのこの再開発計画は完成するまでは、フィニッシュになるまでは、このような税金というのは毎年払い続けなければいけないものなんですかね。

はい、もちろんそういうことになります。相当な膨大な資金が必要ですから、その金利を払うためには売らざるを得ないと、そのために税金を払うということは、ほんとに繰り返し税金になります。むしろ多くなると思います。

今まで作り上げてきたビルは、あなたの今の構想ですとほとんど全部売り払って、この再開発の資金にあてると、こういうことなんでしょう。

そういうことになります。

そうするとまだ売っているビルというのはそんなになくて、ほとんど残っていますよね。

はい。

それらが今後何年間かの間にどんどん売られていく、ということになるんですか。

そういうことです。今の考えている目標が達成されるときにはほとんどない思います。

そうすると毎年納税として一〇〇億円あるいはそれ以上年によっては払う、という事態が出てくるわけですか。

当然出ますね。

何年くらいそういう状況が続くんですか。

これは今、私が考えている計画だけでも約ざっと五年はかかる見通しですね(七八一丁裏)。

(中略)

そうすると今の再開発計画、これが完成した後も、許されるならば更に新しい仕事、新しい開発にあなたとしては挑戦し続けて行きたいと、こういう考えでおられるわけですか。

そういうことです。

そうする場合によっては、あなたが仕事をし続ける限り税金を納め続けると、高額のですね、いうことになって行くわけですかね。

そういうことになると思います(七八二丁裏)。

以上要するに、被告人およびコリンズグループの納税実績および納税努力に対する原判決の判示は、余りにも過少評価であるというべきで、この点についての刑の量定は甚だしく不当であるといわなければならない。

第五点 被告人の公共的事業活動についての無理解と量刑不当

一 被告人の公共的な事業活動に対する原判決と一審判決の評価の違い

原判決が一審判決より評価を落としめた被告人率いるコリンズグループの事業活動の公共性については、上告審では正当な評価をいただきたい。この点、原審は、判決中の次のような説示に見られるように、何故か、被告人の事業およびその事業姿勢に悪意を持っているとすら疑われるので、なおさら強調しておきたい。

「ちなみに、本来、法人格を備えた企業であれば、その運営を相当する企業経営者の個人的能力や人格を越えた別個の存在であるべきであり、当該企業の規模が大きくなり、取り扱う事業が巨大化するほど、その要請は高まるものというべきである。万一、経営者の一身に不測の事態を生じた場合にたちまち経営が破綻するようでは、独立の法人格を有する企業というよりは経営者の個人事業に類するものであって、そのような企業が公共性を帯びた巨大事業を遂行しようとすること自体に問題なしとしない。」(原判決二〇ページ~二一ページ)

これに対して、一審判決は、「被告人が経営する会社グループが、私企業の営利の枠にとどまらず、ビル建築とそれを発展させた街作りを通して社会に貢献することを考え、それを実践している」(一審判決二三八丁表)、「事業計画の立案・実行、金融機関等との対外的関係など、事業経営の基幹をなす部分は被告人小林の人格、才能、才覚に負うところ大きく、同被告人が欠けるならば、前記諸計画に影響、障害が生じ、その推進、実現に多大の困難をもたらし、各計画の前途が予断を許さないことにもなり」(同二三九丁表、裏)として、優れた経営者の手腕で成り立つベンチャー企業の宿命に対して理解と同情を寄せる。

さて、原判決が説示するところは、つまり大きな資本と安定した組織を持たない企業は、公共性ある大事業を遂行する資格がないということである。しかし、現実はその反対であって、民間大手企業にはコリンズが遂行するような大胆で先駆的な都市再開発事業は、あまりにもリスクが大きすぎて到底できないのである。なぜなら、大手企業は、土地は買いやすい安全な物件を買い、これを他に売却して短期に利益を出す、あるいはビルを建築して売却または賃貸する、いずれが投資効率がいいかという観点でしか投資できないからである。五〇〇〇億円を越える借入金をすべて開発途上の資金として眠らせておくというようなことは、民間資本の既成概念を大きく越えている。コリンズの事業は、皮肉なことに資本と組織にではなく、類まれな被告人の才覚と個性にそのまま依存しているからこそ、また、なによりも被告人のように全事業の死命を賭るほどの大きなリスクを覚悟しているからこそ達成できるのである。原審の裁判官には、あるいは全く関心がなかったのかもしれないが、コリンズのようなベンチャー事業、被告人のような強烈なチャレンジ精神を否定しては、社会経済は活力を持ち得えず、かえって衰退するのである。まして、被告人があえてチャレンジしている地域は、現状のまま放置されていいはずがないのである。

この点について、第一審において、証人望月照彦(多摩大学教授)は、次のとおり証言している。

コリンズグループの将来ということについてですけれども、新宿のプロジェクトというのはコリンズ以外の会社でもこれは容易にやっていくことができるものなんでしょうか。

多くの企業がそういうことに対して食指を動かしておりますが、なかなか具体的に挑戦することはできません。それはたとえば荒川区で言えば二〇坪、一〇坪の非常に細かい地権者がおるわけであります。そういう人々と意思を疎通させて、一つの理想のために総合的な開発をするという行為をしなければなりません。お金の力だけではそういうことはできないわけでありまして、これは非常に木目の細かい人間対人間の付合いの結果から生まれるわけであります。コリンズグループというのは実は金融資本に任せて大きくなった会社ではなく、そういう東京に住まう人々の一人ひとりのコミュニケーションの中からあるいは理想的な未来を共有するというところから生まれてきた企業ではないかというように私は高く評価しておりますが、そういう姿勢は是非今後ともくずさずに持っていただきたいわけでありますし、それが海外に対しても高い評価の対象になるようなそういう人間的な都市づくりの基礎になるということを期待しているわけであります。

荒川のプロジェクトなどは採算を第一においたりあるいはできるだけリスクを避けるそういう発想ではなかなかむずかしいわけですね。

これは多分投資に対する利益率というのは大変少ないわけで、むしろこれは赤字を覚悟して開発を考えるというような姿勢でなければ専門的に見て取り組めないプロジェクトではないかというふうに私は考えております。(一審第五回公判調書一四六丁表、裏)

原審でも、被告人は苦しい状況のなかで事業を継続する決意を次のように供述した。

不況の下で、不動産の事業を継続して罰金を完済し、多額の納税をして、国家財政に貢献するほうが、むしろこのまま刑務所に入ることよりも苦難の道を選ぶことではないでしょうか。

もちろん、最近ではそう感じます。二、三年前ですと、大変不動産も活発に動きまして、一億、二億の利益もそう難しくなかったんですが、最近では維持することすら大変でございますので、ほとんどが全滅状況と。不動産業界全滅というような状況の中で、これをしていくということは、大変なことだと思います。

その苦しい道を、わざわざ選ぼうと考えているわけですね。

はい。これは今、大変大きな再開発事業をやっておりまして、何千人という地権者と共同事業をしていこうということをやっているわけですけれども、そのために途中で中断するわけにいかないわけです。ですから、どんなことがあっても、これはやらなくてはいけないと。そういう自分の気持からやっております。

現在進めている開発事業を中断するわけにいかないということは、どういう結果になるんですか。

これは融資規制という問題もございますけれども、全部契約が途中になってしまうということは、せっかくの賛同していただいた方々、地権者ですね、まとまりかけたものが、全部ばらばらになってしまうと。そのことについては、大変大きな迷惑がかかるということが目に見えていますので、その辺を考えますと、どんなことがあっても仕上げなくちゃいけないというふうに思っております。(被告人の原審第二回公判調書速記録八丁表~九丁表)

なお、日本にあっては、コリンズと同レベルの中堅不動産会社は、経営者個人の能力と人格により経営され、金融機関の信頼も経営者個人の資質に重きがおかれていることは、金融界、不動産業界にあっては、「常識」であって、このようなことも原判決は全く理解していない。

原審弁護人請求証拠番号91において、松井要(元日本ハウジングローン株式会社不動産情報センター部長)は、以下のとおり述べている。

私は、このように、不動産及び金融の両面にわたって数多くの仕事をしてきましたが、その中心は、何といっても融資審査の仕事でした。

融資案件の審査にあたっては、厳格な審査基準があり、単に担保の審査のみならず、企業自体の審査をおこないます。

つまるところ、その企業の事業遂行能力をみるわけです。

とくに不動産会社の場合は、九〇パーセント以上といってもいいほど、その会社の経営者個人を見ます。

(中略)

日本ハウジングローンをはじめとして、興銀グループあげて一〇〇〇億円もの金額をコリンズに融資してきたのは、このような小林社長個人の姿勢と能力を高く評価したからに他なりません。

二 コリンズの事業規模とその挫折による損害の発生

コリンズの事業規模は、現在の融資残高で五〇〇〇億円を越え、最終的な計画では一兆円規模にも及ぶ壮太なものである。新宿の年間予算一二九七億円、荒川区の年間予算八二七億円(いずれも、平成四年度一般会計予算)と比較しても、その事業規模の大きさが理解できる。しかも、被告人は他の不動産開発業者のように、株取引、海外投資などの投機的取引にこれら莫大な資金を使ってきたのではない。すべてが、都市再開発計画の事業資金として投入された。このことの意味は、原判決に言葉を返せば、コリンズがすべて被告人ひとりの才覚で運営されてきたこと、被告人の純粋で一途な事業精神からくる「利点」に他ならず、同じ時期、「立派な組織と資本」を持った多くの企業でさえ、目先の投機的利益を求めてマネーゲームに事業資金を投資して行ったことと対比していただきたい。

したがって、被告人に対し、実刑を科すことによって進行中の開発計画および将来の事業をみすみす断念させることは、特に現在のようにバブル経済の崩壊の影響を受けて民間レベルの開発事業がすべて頓挫している状況にあっては、社会経済的に大きなマイナスとなる。今も、被告人のもとには数々の新規事業が持ち込まれているが、いずれも公共的な意義をもったものである。

例えば、川崎市が実現を強く期待している多摩川の開発計画は、マンションの建設とあわせて、建設省の計画であるスーパー堤防を築造するものであり、極めて公共性が高い。右計画には、これまで数多くのデベロッパーが関わってきたが、いずれもリスクが大きくて実現できなかったものである。しかし、コリンズは、すでに平成四年九月、川崎市と協議を終えスタートしており、川崎市も、平成五年度予算に計上している。今年度中に着工の予定である(計画の概要は、原審弁護人請求証拠番号96・97、および原審第四回公判調書中、被告人小林政雄の供述調書九丁表~一二丁裏)。

また、この間、被告人が中南米エルサルバドルのギル大使と知り合ったことから、コリンズとしてこれら中南米諸国に協力する話が持ち上がってきている。具体的には、コリンズが中南米諸国の大使館をまとめて入居させる、いわば大使館ビルを建築する計画である。東京ではビルや住宅の賃料が高いため、発展途上国は大使館などそのオフィスを設けることが経済的に困難になっている現状から生まれたプランである。コリンズの計画では、単に大使館だけでなく、ラテンアメリカ全体の文化を紹介する文化会館的な施設も一緒に組み込む予定である。千代田区、港区などでは用地取得費が高く実現できないので、コリンズの荒川開発用地の一部が予定されている。すでに内々に計画は進展しており、荒川区としても歓迎する意向であるし、中南米諸国も一九か国の入居が予定されている(計画の概要は、原審弁護人請求証拠番号95、および原審第四回公判調書中、被告人小林政雄の供述調書四丁表~七丁裏)。これも、被告人ならではのアイディアであるが、国際友好関係への貢献として公共性の高い事業であり、本来、日本国政府が発展途上国援助の一環としても取り組むべき課題であろう。

これまで、被告人も弁護人も、公益に資する事業をしているという、それだけの理由で執行猶予が相当であると主張してきたのではない。これら事業の頓挫による、まさに一審判決が言うように、予想も困難なほどの大きな損害の発生と、失われる公共的利益のあまりの大きさを憂うるからである。被告人は、あえてその事業を完成させることによって、社会に報い、その刑責を果たそうと考えてきたのであって、敢えて、言うまでもなく自己の利益を目的として事業を完遂させようとしてきたのではない。

一審判決も、「もし新宿区、荒川区の各計画が頓挫することとなれば、その及ぼす影響は容易ならざるものがあり、コリンズグループの枠を越えて関係各方面に与える直接間接の損害は余りにも大きいものと考えられる。」(一審判決二三九丁裏)と心配しているのである。

三 被告人の、公共的な使命を自覚する都市開発業者としての成長

1 一審判決が指摘するように、被告人の成長過程はまさに驚異的である。

「被告人小林は、逆境に育ち、多くの辛酸を嘗め、いく度も挫折に会いながら、通り一遍の言葉では表現できないような血の出るような努力と並みはずれた才覚、不屈の精神でもって、何事にも最善を尽くさないでおかない真摯な態度を貫き、自らの人生を切り開いてきたものであり、そのこれまでの人生は、まさに聞くものを驚嘆させずにおかず、その生涯の人生は、被告人自身にとってビル建築の傑作にも譬えられるのではないかと推測されるのである」(一審判決二三六丁表、裏)

一介の不動産仲介業者から会社を興し、人一倍の努力で短期間に力をつけ、マンションやオフィスビルの建築に次々に着手し、わずか五年間でビル一〇〇棟計画をほぼ完成させたのである。そして、点としての単一ビルの建設から面として複合的な開発へ発展し、そして、いまや器としての建物だけでなく、地域のみならずより大きな社会的利益を意識した開発の思想をもつデベロッパーへと変身した。

2 被告人における都市再開発の理念は、地域の活性化も意識した斬新なビルを多数建築してきた実践から、また外国への視察旅行、あるいは望月照彦教授からの影響、外国の模範的な都市開発のケースの勉強会などを通じて、形成されてきた。

多摩大学の教授で、都市経営学を専攻し、日本建築学会および日本都市計画学会の会員であり、さらに通産省をはじめとする政府、地方自治体関係の委員をも兼任している望月証人は、コリンズの顧問に就任したいきさつを次のように証言する。

「顧問の要請があった時には、それだけではなくて、コリンズグループ全体がどういう社会的な役割を果たすかそういう意向が非常に強くありました」「小林社長のかなり強い社会的な貢献というものに対する意思がありましたので、これは是非力添えしたいものだというふうな印象でお受けしたわけであります」(同証人の一審五回公判調書一一七丁)

同証人を中心とした勉強会の内容は、「勉強会の動機が営利活動だけでなくて社会的な存在としてどういう意味を持つのか、こういう強い意向がありましたので、その考え方を反映しまして、特に外国の企業が一体社会活動でどんなものをやっているのかというようなことを足掛かりにしたり、そこにおける企業者がどういう哲学で企業活動をやっているのか、あるいはそれに対するさまざまな実例というものを私の方が資料を用意したり、スライドをご提示したりして勉強を行いました。」(同一〇八丁裏、一〇九丁表)、具体的にはカーネギーやロックフェラーなどのアメリカの実業家の実例から「こういう方々の生き方、思想、社会的な還元というふうなことをかなり突っ込んで勉強したわけです。」(同一〇九丁裏、一一〇丁)というようなものである。

世がバブル経済で浮かれていた時に、企業の社会的活動、利益の還元を真剣に勉強していた者がいたのである。この時代の他の脱税事件の被告人の生き方と是非比較していただきたい。

四 バブル経済時代における被告人の土地買収の理念と経営理念

1 被告人は、バブル経済時代においても決して他の業者のように目先の利益を目的として土地を購入しなかった。まして、働かずして利益を求める株式など投機的取引にはいっさい手をだしていない。バブル経済という異常事態の中で、数多の大会社までが本業と経営理念を忘れて投機的な儲け話しに狂奔したのである。被告人は、その事業に明確な理念・思想を持っていたからこそ、この風潮に染まらず本来の事業活動に専心してこれたのである。株式会社コリンズの元専務の高際幸子証人は、一審で次のように証言した。

会社では海外の不動産の購入はまったくないんですね。

はい、ございません。

株や有価証券、そういったいわゆる今時流に乗ったような投機的取り引というのはどうなんですか。

ありません。

そうしますと会社の利益の中で営業外の収入、そういった利息収入だとか、それ以外の営業外の収入というのはないんですか。

はい、ございません。

今どういう会社でも営業外のことで儲けている会社が多いわけですけれども、何故やらないんですか。

社長自身が昔から申しておりますけれども、私には株は絶対やるんじゃないというふうな話は昔から私は聞いた記憶がございまして、何故かというと、やはり努力をしてお金を得ることが人生楽しいんであるというふうな、社長自身のそういう考え方があるんじゃないんでしょうか。(同証人の一審第五回公判調書一六六丁裏、一六七丁表)

2 被告人は、銀行とも建設会社とも特定のつきあい、いわゆるメインバンクというような特別な関係を持たないことを経営の基本理念としている。馴合い、癒着は成長を妨げるとして、これらをいっさい排して、どこの銀行とも建設会社ともその事業内容だけで交渉する。不動産に対する融資の総量規制のさなか、しかも被告人が本件脱税事件で逮捕され公判中であるにもかかわらず、この間、コリンズに対して二〇〇〇億円を越える追加融資があった事実は、いかにコリンズの事業が、銀行や日銀その背景にある世論を堂々と説得できる内容であったかを物語って余りある(このあたりの事実は、原審で提出した建設会社および金融機関の役員の各陳述書を参照していただきたい。原審弁護人請求証拠番号21、23、24、61、62、63、64、65、91)。

五 コリンズの事業の実現によって生まれる公共的利益

1 一審判決は、コリンズの事業の公共的性格を次のように評価する。

「コリンズグループにおいて、一定市街地域の再開発により、より高価値のオフィス環境と快適な都市居住環境を提供し併せて地域の活性化も図るとして、新宿区や荒川区の既存の市街地域を再開発する大規模な計画を立て、自治体や地元の住民らの賛同も得、計画実現に協力する大手銀行を始め多くの金融機関から多額の融資を受けて、鋭意土地の買収を進め、本件起訴前から一貫して計画の実現に向けて全力を挙げて精力的に取り組んでいる。この地域再開発計画は、もはや単なる私企業の営利の範囲内にとどまるものではなく、公益のための公共的性格を帯びたものである。」(一審判決二三八丁裏、二三九丁表)。

2 荒川地区再開発の公共的性格

(一) 当該地域の開発の意義

荒川区は東京二三区でも、もっとも都市開発が遅れた地域である。戦後の復興計画とも無縁のまま、細く曲がりくねった農道がそのまま現在の道路となり、そこに小規模の木造住宅が密集して形成された地区が広く多数残っている。コリンズが開発している地区は、荒川区役所に近接したいわば区の中心地であるが、典型的に右のような地域である。戦前の建物も散在し、相当の築年数を経た木造住宅・アパートが軒を並べている。そして、狭いにもかかわらず人口密度は高い。町は沈黙している。

当該地区の住民であり、荒川区役所の職員でもある伊藤武雄証人は一審で次のように証言した。

東京では開発が進んでますけれども、荒川区はそういった開発から取り残されている。そういう地域ですか。

はい。

……荒川の地域が一番にぎやかだったというのはいつころのことですか。

戦前ですね。支那事変というかな、昔、その時代です。

そういった時代には、地元にはどういう産業だとか、商業だとかあったんですか。

家具屋とか、機械屋とか、職人、皮屋、それに付随して商店街も繁盛していました。

……いわゆる昔ながらの職人の町だったんですね。

そのとおりです。

人口で聞きますと、最盛期でどのくらいの人口があったんですか。

三〇万以上です。

今の人口はどのくらいあるんですか。

一八万人です。

ということは、当然地元での商売だとか産業だとかいったものも衰退しているわけですね。

そのとおりです。やめる業者もたくさんいます。

今は地元にはどういった仕事があるんですか。

ほとんど考えられる職業はないんですね。やめていきますから。

どういう職場があります。

まあ公共施設と銀行と。そういった公共施設が目立つというような町です。

民間の普通の会社の事業所というのはないんですか。

それも一〇人くらいの中小の会社です。

商店街は繁盛していますか。

してないのです。

若い人は地元の商店街で買物しないんですか。

食べ物くらいは買いますけれども、衣料品関係は全部都心へ行きます。

仕事でも都心へ出られるということですか。

そのとおりです。

地元には若い人は残っていないんですか。

みんなそのような年寄りばかりです。

人口の年代別構成比というのがありますよね。

はい。

それで言うと圧倒的にお年寄りの方が多い町になっているんですか。

そのとおりです。

日中は人通りなんかも少ないですか。

少ないです。明治通り。自動車が多いだけです。通りすがりの自動車です。歩いている(人)よりも自動車の方が多いです。それが現実です。

荒川の道路の状況というのはどういう状況なんですか。

昔のままの農道の古い道ばかりです。

整備された道路というのは、明治通りはそうですけれども、他にはあまりないんですか。

一部は戦災で焼けたところがいくらか碁盤の目になっている。それは一部ですから。

戦災で焼けなかったですか。

私の一帯は焼けてません。

古い狭い道が残っている。

そのとおりです。

そういうところは住宅は密集しているんですか。

もちろん密集しています。

そういう住宅は木造の古い建物ですか。

そのとおりです。

今は建築ブームで自宅を建て替えると、防災建築などそういうものもはやっていますけれども、それはどうですか。

住民は資力がないからできません。

そうしますと消防自動車がはいれないような地域があるんですか。

ほとんど入れません。はしご車は全然動くことができないですから、一旦火事になったら大変なことになると思います。

(証人伊藤武雄の一審第一三回公判調書七一六丁表から七三〇丁表)

伊藤証人の証言にあるように、網の目のように細かく入り組んだ住宅地には消防車の進入すらままならない地区が多く、防災の観点からは大きな問題を残している。安全な避難経路や避難場所となるべき空地や公園も少なく、いったん大地震、大規模火災が発生した時には大きな人的物的損害が生じることが懸念されている。

しかしながら、荒川区による都市計画は遅れた劣悪な条件下で思うように進まず、危険な地区が多数放置されたままである。また、荒川は東京の商工業の発展からも取り残された地域であるため、民間の投資による再開発も期待できず、この地域では数年前に明治通り沿いに数棟のマンションが建築されたのみである。

ところが、被告人は、この荒川地区を第二の故郷とも考え、あえてこの地域の開発に挑戦している。その開発計画の全体像は、これまでも立証したように当該地域の様相を一変するものである。

(二) 事業規模と地域へ還元される利益

コリンズの荒川地区再開発計画の事業規模は、全体で敷地面積二九、三九一・三四平方メートル、建築棟数一三棟、延床面積一四三、八二八・二七平方メートル、総事業費一、六二〇億円である。右のうち、第一期計画のうち三棟が完成し、二棟が建築中である。

これら事業が完成すると、就業人口はいっきに増大し、この波及効果により商業を中心とした産業に活力を与えることになる。この完成図(原審弁護人請求証拠番号9「荒川再開発計画(第一期・第二期)」)および道路の変化(同証拠番号10)については末尾添付の図のとおりである。

しかし、これら事業が現在の経済情勢から思うように進展していないことは前記のとおりであるが、被告人はいまでも決して断念しておらず、資金事情に合わせて地権者との共同事業としてすすめている。最近すなわち原審係属中であるが、荒川区長は被告人と面会した機会に、「是非、これは進めてもらいたい。地権者の要望もあるし、何とかお願いしたい」とコリンズの事業の現実を強く期待している(被告人の原審第二回公判調書速記録三〇丁裏)。

3 新宿地区開発の公共的性格

(一) 新宿区の再開発計画は、四ツ谷四丁目のコリンズ一〇五、富久町のジャパンコリドール計画、大京町のアーバンエコル大京町計画、および内藤町計画の四つのプロジェクトからなる。これらは総計、敷地面積一〇九、〇八八・四一平方メートル、延床面積六〇〇、八一五平方メートルという壮大なものである。これら計画の詳細(原審弁護人請求証拠番号6「新宿再開発計画(第一期・第二期)」は末尾添付図のとおりである。

(二) 用地取得の状況

右プロジェクトのうち、四ツ谷は計画敷地面積の全部(七、八九一平方メートル)が確保されており、いつでも着工できる状況にある。これまでの開発事前協議において、新宿区はコリンズが用地内に分散する二つの小公園を一つに統一することを都市計画上高く評価し、かつ実現を期待している。

富久町の計画敷地面積は二四、五四六平方メートルに達する。問題は買収資金が現在の経済状況を反映して順調に融資されないため、地権者に対し契約金が支払えないことである。しかし、ほとんどの地権者は開発に賛成し、売渡し同意書あるいは協定書を締結している。

この富久町の開発においても、道路の拡幅など公共的な利益を対象とした協議が進められている。当該地域は細分化された狭い住居が網の目のような通路とともに入り組んでおり、荒川地区と同様に防災の観点からも早急な再開発が必要とされる地域である。この道路の完成予想図(原審弁護人請求証拠番号8「ジャパンコリドール富久町道路完成図」)は末尾添付図のとおりである。

また、大京町および内藤町については、金融機関からの融資が当初予定から後退しているため用地買収が進んでいない。このような状況を受けて新宿区との協議のなかでは、組合方式による再開発を示唆されている。組合方式により、コリンズのカラーは表面上は後退するが、多くの地権者との共同開発という性格を鮮明にすることによって、より公共性を高めた事業となる。コリンズとしても、地権者・住民参加の共同の街作りを目指してじっくり取り組む方針である。

しかし、現状は金融機関から約束された融資が停止されたままのため、具体化の目途がたっていない。そんな状況のもと被告人は、多数の地権者や区役所などの期待に応えられない苦しさを感じている。

(三) 国家的プロジェクトとその開発利益

富久町の再開発計画は、その愛称を「ジャパンコリドール」という。コリドールは「回廊」を意味する。日本の発達した技術、産業を中心として、その背景にある日本の文化をも海外に紹介するセンターという構想である。テナントについても、日本の先端産業や文化を紹介するという使命を理解した企業に限定して入居してもらう。いわば、ここでは常設的な総合博覧会が行われることになる。そのため、コンベンションやホテル機能を中心として、その周辺に商業ゾーンや研究開発ゾーンを配し、さらに文化施設をも備えたものとなる。ひとつのコンセプトのもとに複合的な都市空間を実現するものである。新宿はいまや新都心として日本を代表する地域であるから、ここでの開発計画は、いわば世界に対する日本の新しい顔を創造するものでなくてはならない。その意味で、ジャパンコリドール計画は、国家的使命をもった開発計画となっている。

原審の弁論要旨二(弁護人並木政一の弁論要旨)に添付したように、本年二月二二日付日本経済新聞の朝刊には、「通産省は鉄鋼や半導体など日本の高度成長を支えてきた産技術の歴史を保存するために、産官学の会議を五月に設置する。」との記事が掲載された。この通産省の計画こそ、まさに望月教授のジャパンコリドール計画の発想そのものであり、今後具体化に向かって動き出すなかで、コリンズがまとめたプラント富久町の用地が取り上げられることは間違いがない。

望月輝彦教授が中心になって作成した同計画の「開発波及効果分析レポート」(原審弁護人請求証拠番号88)は、開発の効果を次のように指摘している。

直接効果としての経済的波及効果については、本プロジェクトの直接投融資額を三六六一億〇二三〇万円(建設費一六四八億一四一〇万円、土地取得費二〇一二億八八二〇万円)とすると、総生産誘発額は五〇七四億二六五六万円となり、総生産誘発率では一・三九となる。すなわち、本プロジェクトへの投資が他の生産活動に影響を与えて、ここに三九パーセント、金額にして一四一三億二四二六万円に相当する生産を新たに誘発する効果が生み出されると計算されている。さらに、この事業は当然大きな雇用を創出するし、税収増大という財政収支効果をももたらすのである。

本プロジェクトは、さまざまな都市機能が重合したものであるから、本来的には大きな産業連鎖(他の産業分野にも間接的に刺激を与えて生産を誘発する)が期待できるものである。しかし、右試算ではあくまでも当該プロジェクトの施設の建築事業単独をとらえたものであり、設備等機能にそくした内容についてまで積算されていないため、それらの効果は含まれていないということである。したがって、最終波及効果は右試算額を超えてかなりの額に膨れ上がることが予想され、比較すれば「幕張メッセ」を越える生産誘発を想定できるとしている。

間接的な波及効果である社会的・産業的波及効果については、都市基盤の整備・拡充はもとより、本プロジェクトの機能目的である地域産業の振興と産業文化の伝承・創造を生み出す効果、さらに地域間ネットワークの拡大、国際交流の推進の拠点としての機能が加わる。そして、これらを総合して地域のイメージアップにつながり住民意識の高揚から理想的な都市空間が生まれるとしている。

コリンズがまとめたこの富久町の用地が、コリンズが倒産するなどして、競売や切り売りによって失われることは、ジャパンコリドール計画や通産省の構想の実現が遠ざかることを意味し、国家的に見て大きな損失である。また、望月教授が指摘するように、現在の景気の沈滞期においては、コリンズの右のような民間主導のプロジェクトの役割は景気対策としてもその意義が大きいのである(望月照彦作成の陳述書、原審弁護人請求証拠番号92)。

六 住民多数の期待と行政の賛同

1 住民の反応

大規模なマンション等の建築計画に対しては、住民の反対運動が起こることがしばしばある。反対の陳情・請願等が自治体に寄せられることも多い。しかし、コリンズの開発計画に対しては、これまで地域の住民からこのような運動が起こったことは一度もない。特に一審で提出したが、荒川区では住民がコリンズの開発計画が頓挫することを懸念して被告人への多数の嘆願署名が寄せられた。

伊藤武雄の証言を借りれば、嘆願書に賛同してくれたのは、地主ばかりでなく、「借地人も商店主の方もいる。」、みんなの反応は「好意的だった。」(前記七二五丁)ということである。そして、地域の人はコリンズの計画に「協力的」であり(同七二六丁)、「反対の声は聞いていない」(同七三三丁)とのことである。

このように、コリンズの土地買収は、「地上げ」として地元住民の非難を浴びることもなく進められてきたのであり、その開発計画は極めて好意的に受け入れられている。

2 自治体の賛同と期待

コリンズの計画は、すでに区役所や東京都と事前の相談、協議が行われているが、これまで述べてきたように、行政側の反応は、一言でいえば、大きな驚きと熱い期待である。行政も単に希望や指導を伝えるだけでなく、組合方式での再開発を示唆するなど積極的にコリンズの計画に参画し、そのなかで一定の都市計画を実現する姿勢を示している。

七 コリンズの土地再開発事業の危機的現状

新宿区富久町や荒川区では、自治体や住民は、旧熊然とした地域が全く新しく生まれ変わる夢を見てきた。コリンズの大規模な都市再開発によって夢が現実となりつつあることを信じられない思いで眺めてきた。都市基盤が整備され生活上の安全性が確保されることはもとより、地場産業の発展にも結びつき、地域の活性化につながる再開発計画の実現を、自治体や住民は熱望していたのである。いま、これら事業の実現は危ぶまれており、住民らの落胆は大きい。しかし、これら事業が挫折することは、まさに一審判決が言うように「予想も困難なほどの社会的損失を招く恐れがある」のである。原判決は、それでもやむを得ないというのであろうか。コリンズへの資金融資が途絶えた情勢のもよでは、被告人なくしてはこれら事業の継続は到底望めない。被告人は最終的に刑が確定する間も、事業を維持するため必死に取り組んでいる。その模索のなかでいま、被告人は、事業の生き残りをかけて、事業を地権者らと共同化することへ計画の変更を余儀なくされている。

八 コリンズの再開発計画が頓挫することによる事業用地の未来

1 虫食い状態のいっそうの悪化

現在までに手当できた再開発用地は、厳密に言えばコリンズないしそのグループ会社に対象の土地全部の所有権が移転しているわけではない。売買契約が締結され手付金まで払われているが、残金と所有権移転登記手続が残っているもの、売買契約を前提とした協定書を締結した段階のものなどである。事業資金が当初の予定どおり融資されないため、資金手当が遅れて地権者に対する支払が順調に進まず、所有権移転登記ができないのである。しかし、地権者の大部分は売り渡すことには同意しているし、その条件も約定されている。また、他に移転した地権者も多い。

バブル経済の崩壊という不況の中で、この間ほとんど地権者は絶望に近い思いをもって現状に耐えている。コリンズも当面は手つかずのまま推移させざるをえない。しかし、もしコリンズが倒産すれば、これら契約関係はすべて直ちに解消される。仮にそのような事態になれば、当該地域はすべて虫食い状態のまま旧に復する他ない。

すでに契約の履行が完了し所有権が移転した土地も散在するから、以前の状況よりも虫食い状態はいっそう悪化せざるをえないのである。

2 金融機関は、被告人と全く違う発想で土地を処分するしかない。

コリンズが倒産した場合、あるいは秀和、第一コーポレーション、麻布建物などのように銀行管理下になった場合、コリンズがまとめあげた貴重な事業用地は、どのように処分されるのであろうか。

金融機関は、担保価値を把握することが目的であるから、土地をありのままの状態で売却した場合の評価しかできず、再開発によって融資した資金が生き、合わせて担保価値が増すと言うような長期的発想はしない。現在、どこの金融機関でもバブル経済のつけによって多数の不良担保物件を抱え、これらが思うように処分できず、貸金の回収ができないでいる。

このような状況のなかで、金融機関はいやでも土地の有効的な利用方法、付加価値を付けた処分の方法などを検討せざるをえなくなっているが、知識も経験も全くないため、実際上多くの物件が放置されている。そこで、被告人の能力を当てにして、コリンズに対し協力を要請したり共同事業を申し込んでいる。

このように被告人の存在を抜きにして、これら事業用地を生かす方法はなく、まして、銀行の管理下において、被告人が構想する都市再開発が実現する可能性はまったくない。その結果、コリンズが取得した土地は何ら開発されることなく、競売の申し立てを受けるか、そのまま売却される以外にない。すなわち、虫食い状況をより劣悪な状況で固定し、前記のような再開発による大きなメリットをみすみす失う結果となさざるをえないのである。

九 刑事訴訟法四〇二条の趣旨違反

原判決は、被告人小林政雄が率いるコリンズの都市再開発事業に対する評価に関して、一審判決を、「原判決(一審判決)は、いささか過大とも思えるほどにこの点を評価し」(原判決二〇ページ)と批判する。そして、その結果、「当審における事実取調べの結果に現れた情状を加えて再考してみても、原判決(一審判決)を破棄しなければ明らかに正義に反するものと認めるに由ないところである。」(原判決二三ページ)と判示した。

この結論は、前段で一審判決より重い量刑判断をしたと告白したのであるから当然の帰結であるが、これでは、右説示のように、いくら控訴審で証拠調べをして得られた情状を加味しても量刑は何ら変わらない筈である。しかし、その判決で、露骨に一審判決は軽すぎたと説示する意図はどのようなものであろうか。検察官の控訴がなかったから、刑の不利益変更の禁止の原則によって、結果的に量刑は変わらなかったが、もし検察官の控訴があったら刑は重く変更されたといわんばかりである。このような判決は、刑事訴訟法四〇二条に違反するとまでは言えないとしても、同条の趣旨から見て相当ではないことは明らかであろう。

第六点 被告人を実刑とすることの影響の重大性についての無理解と量刑不当

一1 一審判決は、コリンズの事業の社会的、公共的意義をある程度認めたうえ、コリンズグループの「事業計画の立案・実行、金融機関等との対外的関係など、事業経営の基幹をなす部分は被告人小林の人格、才能、才覚に負うところ大きく、同被告人が欠けるならば、」「各計画の前途が予断を許さないことにもなり」、もし、「新宿区及び荒川区の計画が頓挫することになれば、」その「及ぼす社会的影響、失われる社会的損失は余りに大きいものと考えられる。」と判示した(一審判決二三九丁表、裏)。

2 弁護人は、原審において、右判示は、それ自体には誤りはないものの、昨今の、とりわけ金融情勢の想像を絶する厳しさについての認識を欠き、したがって、被告人を実刑にすれば、コリンズグループ倒産という破滅的事態が不可避的に到来することについての理解を欠いていると控訴趣意書において述べた(控訴趣意書一一〇ページ)。

3 ところが、原判決は、コリンズの「右事業は、もともと営利を目的とする私企業によるプロジェクトであるが、その規模の巨大なことからある程度の公共的性格を帯びること、また、これが頓挫した場合に及ぼす影響が広範囲に亘ることは否定できない。」(原判決一九ページ、二〇ページ)と述べるだけであり、前記のとおり、この事業の社会的公共的意義自体を全く理解せず、したがって、また、被告人を実刑にすることが、いかに深刻な影響を社会に与えるかについて全く検討していない。

コリンズグループは、二度の実刑判決により、今や崩壊寸前の状態にあり、同グループが崩壊すれば、社会に甚大な混乱と被害を及ぼすことは、明白である。

二1 控訴趣意書一一六ページ以降にも記載しているとおり、日本は、今日、かってない不況下にある。

とりわけ、不動産不況は、過去に最も深刻であった「昭和恐慌期(昭和八年頃、地価が約三五パーセント下落し、回復に約四年を要した)」を上まわる六〇年ぶりの不況といわれている(「週刊東洋経済」一九九三・二・一九、一〇四ページ)。

2 この不況下において、とりわけ、オフィスは供給過剰の様相を呈し、都内のビルには空室が急増している(東京二三区の入居率は、平成二年五月時点をピークとして低下し、平成四年一二月には九四・一パーセントに下落している)。景気の後退、企業収益の悪化で、ビル需要は、ますます鈍化しているのである。それにもかかわらず、今後二、三年はバブル経済最中に着工した大型ビルの完成が相次ぎ、都心だけで毎年一四〇万平方メートル前後のオフィスが供給され、供給過剰は極に達する。

このような中で、平成三年までは上昇していたビル賃料は、平成四年には下落に転じ、ビル収益価格の大幅低下は、とりわけ商業地地価の急落を招いている。

平成五年三月二六日発表された公示地価は、平成四年に続き下落一色となっており、二年連続の下落は、昭和四五年の地価公示開始以来初めてである(例えば、東京都渋谷区神宮前では、一年前に比べ、三八・九パーセントも下落した)。

(「週刊東洋経済」一九九三・四・一〇、五八ページないし六九ページ)。

平成五年八月一八日、国税庁が公表した路線価も、昭和三〇年に路線価制度が始まって以来、初の下落(平均一八・一パーセント)となった(朝日新聞平成五年八月一八日夕刊)。

3 このような中で、金融機関は、二〇兆円ともいわれる不良債権に苦しんでおり、地価下落に伴う「不良性」の一層の拡大により金融システムへの不安さえ招いている。

金融情勢は想像を絶する厳しさであって、いわゆるノンバンク、信託銀行はいうまでもなく、都市銀行にあっても、多大な不良債権、株式評価損を抱え込んでおり、東洋信用金庫、コスモ証券などに見られるように金融機関自身の倒産も現実のものとなりつつある。

不動産融資はきわめて困難になっており、商業地では、ほとんど取引が凍結した状態が続いている。

今は、銀行が支えているため大型倒産は出ていないが、新たに事業資金の調達ができない倒産予備軍の危機は非常に深刻化しているのである(「週刊東洋経済」一九九三・六・一九、五七ページ)。

三1 コリンズグループは、被告人の人格、事業遂行能力とその事業計画の高い社会性、公共性により、平成四年一月の一審判決までは、不動産融資の総量規制等厳しい金融情勢と本件の公判中という環境の下でも何とか継続して融資を受けてきた。

しかし、その融資状況も、一審実刑判決を境に一変してしまった。

融資の申込額も、今までのような金額を申し込めず、融資実行額も平成四年九月、一〇月、一一月には、何とゼロという事態になってしまったのである(原審弁護人請求証拠番号67)。

この間の状況について、被告人は、原審第二回公判において、次のとおり供述している(原審第二回公判調書速記録一四丁表ないし一八丁表)。

銀行は、この判決をどのように受け止めていますか。

これは大変大きく動揺いたしまして、大きなショックを受けております。

この判決の直後、報告をされましたね。

はい。

まず最初に裁判所で保釈を得て、その帰途の車中で電話をされたりしましたね。

はい。たまたま一件気になっていた銀行があったものですから、裁判所の帰りに実刑になったことを報告をしました。当然実刑だけじゃなくて、しかし、頑張ってやっていくから心配しないで、というような意味で報告をいたしましたところ、大変大きな声で怒鳴られまして、君はこれからどういうふうにするつもりなのかと大きな声で言われまして、とりあえず車の中だったものですから、また私とすれば、できるだけ早く私の元気な姿をと、お話をしたつもりが、逆に怒鳴られまして、大きなショックを受けたような次第です。

これからどうするつもりなのかということで怒鳴られたということですが、その怒鳴られたというのは、それほどその社長の方は動揺されたということなんでしょうかね。

そうでしょうね。

翌日、翌々日と各行に説明にまいりましたね。

はい。

それぞれの銀行の対応は、どうでしたか。

そこまでは厳しいことはなかったですが、ただ私に対しての慰めの言葉もありましたけれども、何となく自分のニュアンスとしては、隠せないようなショックというものがありました。

当審弁護人請求証拠番号六七「平成三年四月より平成四年一一月までの借入金予定額と実行額の推移表とグラフ」を示す

(中略)

コリンズからの巨額の申込に対しても、全額ではないけれども、相当部分を実行してくれていますね。

はい。

そのことについては、大変ありがたいことだというふうに思っておられるわけでしょうね。

もちろん、そうです。

ところが、この実刑判決は平成四年の一月一〇日に出たわけですが、それ以降は一変した状況になっていますね。

はい。

まず、毎月の融資申込額が、以前に比べると大変少ない額になっていますが、これはどういう事情からですか。

これは、実刑判決ということなものですから、私も今までみたいなようなわけにはいかなくて、自粛もしながら、実は、遠慮しながら申込みを出したという状況でございます。

申込額を大幅に減少させていますけれども、それにもかかわらず、毎月の融資額を見ますと、事業規模から言いますとわずかな金額で、月によってはゼロ、とりわけ今年の九月、一〇月、一一月はゼロという状態が続いていますね。

はい。

これはなぜ、こういう結果になったんですか。

これは当然、実刑ということで、想像しなかったことがあり得たということが、このような数字に表れていると私は思います。

銀行の不動産会社に対する融資規制というのは、平成三年の一二月に解除されていますよね。

はい。

本当ならば、平成四年の一月以降はもう少し緩んでもよいという状況なわけですよね。

はい、そうです。

こういう状況の中で、あなたは融資担当者やあるいは本社の部長とか、取締役とかいう方々に、自ら面会されて、お願いをして回ったということは当然あるでしょうね。

もちろん、毎日のように歩きました。

(中略)

お願いをしたけれども、その反応はどうですか。

貸さないということをはっきり言わないんですが、結果的にはいろいろ、お金がない、融資規制もまだ切れてはいるけれども、実際にはお金は回らないということも踏まえまして、結果的にはほとんど出していただいてない状況でございます。

あなたが実刑になった状態のままでは、リスクが高すぎてとても貸せるような状態ではないんだと。こういう端的な弁明みたいなものは、なかったですか。

具体的にはありませんけれども、それに近いようなことはもちろんございます。

銀行との間では、単体ビルの建設についても、それから大型のプロジェクトについても、融資をするということについては、口頭あるいは文書で約束はできているわけでしょう。

もちろん、できております。

かなりのプロジェクトについては、必要資金を融資するという協定書、覚書き、合意書、こういった文書が交換されますよね。

はい。

それらに基づいて、それを信用して、あなたは事業を進めてきたわけでしょう。

もちろん、そうです。

そうすると、それらの約束は、現在は反古同然のものだということになりますよね。

そういうことになっております。

このように、一審実刑判決を経て、金融機関のコリンズに対する融資は、従前の約束に反し、従来からの単体ビルの建設はもとより、新宿、荒川の大型プロジェクトについても、事実上ストップされてしまった。

2 そして、コリンズは、ついに、平成三年度の決算において、当期損失七九億五〇〇〇万円という赤字決算を出した(原審弁護人請求証拠番号3、同4)。

このような状況下においても、重課・超重課の税制のもとで、コリンズは法人税等合計金一六億八五〇〇万円もの多額の税金を納付しなければならなかった(原審弁護人請求証拠番号3)。

また、金融機関に対する金利の支払いも、平成四年の三月までは、何とか遅滞することなく完済していたが、遂に平成四年四月からは、その支払もできなくなってしまった(原審弁護人請求証拠番号68。原審第二回公判調書速記録二二丁表ないし二三丁裏)。

3 このように、銀行融資が事実上皆無といってよい状態となったため、コリンズグループの開発事業は頓挫して今や瀕死の状態にある。

被告人も原審第二回公判において、次のとおり供述している(原審第二回公判調書速記録一一九丁表)。

しかし、現状のように、銀行融資は皆無となって、開発事業が頓挫しているというような状況の下では、これは危険な状態でしょう。

これは、もちろん、倒産ということになると思います。

こういう事態がこのまま続けば、いずれは今あなたが言ったような事態になる、ということでしょうかね。

はい。

4 コリンズ(グループ)が倒産、崩壊すれば、一体、どのような事態になるのであろうか。

まず、平成四年九月三〇日現在で、総額約五二六〇億円もの融資をしている金融機関(原審弁護人請求証拠番号11)は、いうまでもなく大打撃を受ける。

金融機関としては、担保に取っている各不動産を処分して回収していくことになるが(原審第二回公判調書速記録一八丁裏、同一九丁表)、現在の不動産不況の下では、その回収は、きわめて困難である。

各大手ゼネコンも、平成三年末より今日までの間も、一一棟のコリンズビルを完成してきたが、その請負代金(合計約一五〇億円)の支払いは、大部分猶予されている。コリンズ(グループ)倒産となれば、各ゼネコンの受ける損失は、多大なものとなる。

他方、新宿、荒川をはじめとした地域住民(地権者)にも測り知れぬ被害と混乱を与える。

地権者については、銀行融資の打ち切りにより、売買代金残金、明渡料残金を支払えず、その支払延期等をお願いしている者が多数いるが、その件数は、平成四年一一月二五日現在六五六件にものぼっている(原審弁護人請求証拠番号69)。

地権者の多くは、現に他に代替物件を購入しており、コリンズからの売買代金、明渡料の支払がないため、代替物件の購入代金が支払えず困っているが、代替物件の売主の方も大変困っているのが実情である(代替物件の売主の中にもさらに、他に買い換えを計画していた者が多い)。

被告人は原審第二回公判において、次のとおり供述している(原審第二回公判調書速記録一九丁裏から二〇丁裏)。

そうすると、この相手先の中には、次の移転先を取得する契約を既に締結されておられる方というのも、おられるでしょうね。

もちろん、たくさんあります。

あるいは、従前の店舗を閉鎖して、どこか新しいところを求めて新規開業をしたいと。その資金としてコリンズから支払われるお金を期待しているという方々も、おられるんですね。

もちろん、たくさんございます。

それ以外にも、さまざまに迷惑をかけているということになるわけですかね。

はい。

コリンズ(グループ)倒産となれば、地権者、代替物件の売主、さらにその代替物件の売主とその影響は連鎖的に拡大し、社会的大混乱が生じることが目に見えている。

四 被告人は、このような危機的状況を打開すべく、持ち前の不屈の精神で、一日たりとも休むことなく社員の先頭に立って、懸命に働いている(原審第二回公判調書速記録一四丁表、一六丁裏)。

このような被告人の姿勢をみて、ほとんどの金融機関は、金利の支払をストップされているにもかかわらず、強行手段に出ることなく、今は、何とか持ちこたえてほしいと暖かく見守っていてくれている(同二三丁表)。各ゼネコンも、請負代金の未払いについて、支払を猶予してくれている。地権者も、被告人への信頼を基本的には失っておらず、コリンズを責めるのではなく、コリンズと一緒に銀行などと交渉しようという申出さえある(同二〇丁表、裏)。

しかし、以上のようなことが可能になっているのは、あくまで被告人が、現に活動しているからにほかならない。被告人の能力、人間性に対する信頼があるからである。

被告人が収監されてしまえば、金融機関、各ゼネコンは、債権の回収に入り、コリンズグループは否応なく整理しなければならないことになろう。そうなれば、前述のとおり、その影響は連鎖的に拡大し、社会的大混乱が生じることは明白なのである。

原判決は、以上の点につき、まったく理解せず、何らの検討を加えていない。

その結果として、その刑の量定は甚だしく不当なものとなっているといわざるをえない。

第七点 本件犯行後の有利な諸事情についての無理解と量刑不当

原判決は、被告人にとって有利とされるべき本件犯行後の被告人の行動、行き方を過少評価したもので、その刑の量定は甚だしく不当なものである。

一 原判決は「もとより、刑の量定に当たり、犯行前後における行為者の個別的情状を酌量する必要のあることはいうまでもないところであるが、これを過度に重視する余り、犯行そのものにおける法益侵害の大小、動機、態様その他の犯情から妥当と認められる量刑の範囲を逸脱することは、殊に租税逋脱犯の場合、同種、同等の犯罪を犯した者に対する科刑との不均衡を招くおそれなしとしない。」(原判決七ページ)と判断して、過度にわたらぬ限り、被告人の個別情状を十分酌量しなければならぬことを認めておきながら、右判決において「租税を逋脱する者があった場合、その制裁がある者には重く、ある者には軽く、まちまちに科されたのでは納税者の間に不公平感が高まり、納税意欲を阻害することは明らかである。租税負担の公平は、これを侵害した者に対する制裁の公平、平等によって裏打ちされるのでなければ、その実行を保ち得ない。租税逋脱犯に対する量刑を考慮するに当たっては、犯罪一般における責任主義の原則のほか、租税公平主義の原則にも十分な配慮をすることが肝要であり、同種事犯に対する科刑の実状に鑑み、これとの均衡を失することのないよう留意すべきである。」(原判決六ページ~七ページ)とし、さらに「その逋脱額は三期合計で実に一五億三、二五八万円余の巨額に及んでいるのである。これが近時とみに高額化する逋脱事犯の中でも数少い上位に位置付けられることは明らかである。」(原判決七ページ~八ページ)として、結局のところ制裁の公平は、逋脱税額の多寡により量定されるべきとしていることは明らかである。

形責の軽重の如何を問わず一律に刑の執行を猶予してきたことや、違反者の不正行為の反社会性や反道徳性が、租税逋脱犯の自然犯化に拍車をかけ、責任主義に基づく刑事制裁という理念が明確となり、近頃この種事犯の実刑率を高めてきたことは、否定できないところである。

しかし、申告納税制度における納税者の公平感を前面に押し出す余り、刑罰を科される側の過度の精神的、肉体的苦痛を無視した、形式的ともいえる逋脱犯に対する刑事制裁がなされているとしたら、到底看過し得ざるものがある。逋脱犯の自然犯化が、顕著になればなる程、責任主義に貫かれた刑事法の理念にのっとった科刑がなされるべきことは当然のことといわなければならない。原判決は、責任主義のほか租税公平主義の原則に十分な配慮をすることが肝要であるとするが、それは、結局逋脱犯の見せしめ制裁となることを弁護人は憂うるのである。刑罰の機能は、一般予防と特別予防にあることは、いうまでもないところである。原判決は、納税者の公平感を保護するためにも「租税負担の公平は、これを侵害した者に対する制裁の公平、平等によって裏打ちされるのでなければ実行を保ち得ない。」(原判決六ページ)と判示するが、制裁の公平、平等が租税負担の公平の裏付けということであれば、つまるところ逋脱額の多寡による機械的量定にならざるを得ないのであり、刑罰の特別予防機能を無視した形式的量定であるとのそしりを免れない。

二 本件の簿外資金づくりを積極的に中止した事に対する過少評価

本件で被告人が簿外資金づくりを積極的に中止した点につき、一審判決は、要旨「被告人はコリンズグループの事業規模が大きくなり、到底簿外資金をもって倒産の危機を免れることができるような状況でなくなったことを自覚して査察以前に自主的に簿外資金づくりを止めた……」旨判示していたが、本件中止の動機は、決して簿外資金をもって倒産の危機を防げぬ程コリンズグループの事業規模が拡大したことのみが理由となっているものではなく、被告人の深い侮悟と良心の呵責に基づくものであったことは、弁護人においてるる指摘してきたところである。

一審判決でも「被告人は、本件起訴の対象となっている期間においても、自らオーナーであり代表者を務める被告会社以外の会社においては、脱税を行った事跡はないばかりか、年々合計して多額の納税を行っており」(一審判決二三七丁裏)と判示して、被告人は多額の納税に鋭意努力していたことを認めているのであって、本件の中止が被告人の悔悟と良心の呵責に基づくものであったことは疑う余地のないところである。本件の積極的中止は、確かに結果の発生を防止していないことで、いわゆる刑事法上の中止犯としての必要的減免事由ではないにしても、自己の意志により、積極的に犯行を中止したものであって、まさしく中止に向かっての行為者の積極的人格態度が、如実に現れた事例といえよう。

三 本件犯行後の国税・捜査当局に対する積極的協力姿勢に対する過小評価

原判決は「更に、被告人は、日建工業が京橋税務署の税務調査を受けた際には、福田らの勧めにより、東洋産商に累が及ばないよう関係書類をシュレッダーに掛けて処分するなど証拠隠滅工作にまで及んでいる。」(原判決一一ページ)として、ことさら被告人の証拠隠滅を強調するが、被告人の右行動にしても、自ら判断して積極的行動に及んだというものではなくて、原判決でも認めているとおり福田の慫慂があってのことである上、自らの過ちが公になるおそれを感じた時に、通常人がとる行動として、特に異常といえるものでもなく、十分理解できる行動といえよう。

むしろ弁護人が強調したいのは、この種事犯にあっては、「国税局や検察庁にコネがある人物、大物政治家などに依頼して事件を揉み消して貰う」ために、その仲介者と称する人物に金員を支払うなどの事例も耳にするところであり、実際本件においても、福田から被告人に右のような揉み消しの慫慂工作があったが(被告人の一審第六回公判調書全二二冊の内二〇冊二六二丁表、二六三丁表)、こうした話には一切乗っていないということである。更には、第一審判決でも判示している被告人が、割引債券を国税当局に発見される前に自主的に提出した状況は、被告人の一審第七回公判調書全二二冊の内二一冊三五三丁裏から三五四丁裏までのやりとりにその状況が彷彿としている。以下そのやりとりの要旨を摘記すると

二月二日の日にあなたは阪本という人の自宅に預けてあったトランク、そこには一一億円の債券が入っていたようですが、その所在を自分から進んで明らかにしたわけですね(三五三丁裏)。

はい。

査察では発見されたのが自宅にあった一〇〇〇万円の割債一枚だけでしたね。

はい、そうです。

それ以外の所在は一切分からなかったわけですね。

そうです。

その二月二日から三日にかけての深夜、私と話した時に、実は言いそびれてしまったんだけれども、もう一つあるんだと、これ届けてくれないかという依頼をされたんですね。

そうです。

翌日大森さんからそのトランクを預かって、そのまま国税局に届けたということですね(三五四丁表)。

はい、そうです。それも宮川先生のいる前で、朝、会社行きまして、いる前でその場で大森さんに電話をして、封も開けないでそのまま鞄を確か宮川先生が中を開けたかどうかわかりませんが、私は見ないで、いくら入っているか分かりません。

私が開けて割債の額面を確認してもって行ったんですね。

簡単に言いますと、先生も私を疑っているんじゃないかという気持ちもありましたから、だからそうじゃないんだということで、わざわざ私が大森さんのところに、その場で電話して、持って来たものをそのまま見ないで先生に開けてもらって、先生がそれをお届けしたと、そういうことです(三五四丁裏)。

というものであって、査察で明らかになる前に、進んで簿外資金の全てを積極的に開示しているものである。すなわち、原判決がことさら強調する証拠隠滅も決して根の深いものではなく、本件を悪質とする原判決の理由の中で、右シュレッダーによる書類破棄をそのひとつとしてあげているが、そのために国税局の査察にさほどの支障を来した事実もない。被告人にとって、有利に斟酌されるべき捜査協力と本件の悔悟も過小に評価されていることは、残念なことである。

四 一審判決後の被告人の努力についての過小評価

原判決は「しかし、租税犯が国家の徴税権に対する侵害である以上、その責任の程度が、侵害の程度、換言すれば逋脱額の多寡に応じて量られるべきことは当然の事理である。のみならず、納税は「法律の定めるところにより」国民に課される憲法上の義務であり(憲法三〇条)、かつ「すべての国民は法の下に平等」である(同一四条)。それ故、租税法律主義と租税公平主義は、租税法全体を支配する基本原則とされているのである。租税負担は国民の間に、各人の租税力に即して公平、平等に配分されなければならない。」(原判決五ページ~六ページ)とする。この点については、後述の第八点において批判するが、現実に即して右判旨をみると、いかにも現実と遊離した机上の論理という印象を弁護人はぬぐい切れないのである。原判決の右説示が、逋脱額の多寡で責任の程度が量られる根拠であるとすれば、なおのことと言わなければならない。被告人が査察期後の納税についていかに血の出るような努力をしているかを如実に物語る、被告人の原審第二回公判調書でのやりとりを、以下摘記する。

本件の起訴年度は昭和六〇年度、六一年度、六二年度と三年度起訴されているんですが、それ以降の昭和六三年度から平成三年度までの四年間の納税実績をそこで見て下さい。それぞれの年度の合計額が出ておりますが、その四年間のコリンズグループの納税額の合計が二〇九億四、〇〇〇万円で、小林政雄の所得税の納税額合計が四年間で一三億八、〇〇〇万円、その合計の納税額が二二三億二、〇〇〇万円になりますけれども、そういう計算になりますね。

はい。

(原審弁護人請求証拠番号66「固定資産税、都市計画税、特別土地保有税納税額一覧表」を示した上で)これは昭和六〇年の一二月一日から平成四年の一一月三〇日まで七期にわたる納税額一覧表ですが、合計が四三億七、〇〇〇万円の納税をしていることが分かりますね。

はい。

私が見ましても、多額の納税をしておられますけれど、これだけの多額の納税をしているということは、それだけの利益が出たということでしょうか。

はい。これは利益が出たというよりも、再開発をやっておりまして、たくさんのお金を借りるという立場から、どうしても赤字にしてはいけないということが銀行の方からございまして、このようになっております。(被告人の原審第二回公判調書速記録一丁表、裏)

赤字決算では銀行が融資しないということですか。

そうです。やっぱりそれが、一つは条件になっております。銀行からの私どもに対する希望としてですね。これは黒字でないといけないということです。

その融資の条件が、なぜ赤字決算ではいけないということでしょうか。

これはやっぱり金利をとるとか、まあ、いろいろ貸す側にとっては、赤字の会社ではお金は貸せないと。こういうことだろうと思います。

返済能力とか金利の支払いが懸念されるということですか。

そういうことですね。

これだけの多額の納税をするためには、利益を出さないといけないんですけれども、その利益を出すためには、不動産を処分する必要がございますね。

そうですね。

また、そのためにも多額の税金がかかるんじゃないんですか。

そうですね。今不動産としては重課税、超重課税というのが特別にかかりまして、それも全て税金として納めなければいけないということになっております。(同二丁表、裏)

以上のように、被告人は巨額の納税を続けてきているが、その実態は、銀行からの借入のためには赤字決算が許されないため、数字の上で利益を出し、かつそのための納税資金を捻出するために、不動産を処分し、生ずる譲渡益について更に納税するという、企業の体力を超えた納税義務を履行している、というのが偽らざる実態なのである。

原判決は「租税負担は、国民の間に、各人の担税力に即して公平、平等に配分されなければならない。」(原判決六ページ)とし、更に「租税逋脱犯に対する量刑を考慮するに当たっては、犯罪一般における責任主義の原則のほか、租税公平主義の原則にも十分な配慮をすることが肝要である。」(原判決六ページ)とするが、果たして被告人についてみると、その納税額が被告人の実質的担税力と見合うものと言えるであろうか。すなわち大企業以外の中小企業にあっては、事業資金借入のための無理な黒字決算により、納税資金を作り出すための利益づくりと、さらなる納税という悪循環により、企業の体力以上の納税義務を負わざるを得ないこともまた実状であり、こうした実状を無視して、一方的に納税額から推して、巨額の実質的利益が存していたとするのは極めて皮相な見解と言わざるを得ない。

被告人はまさに、納税のために働いている、といっても過言ではない実状の中で、現実に巨額な納税をし続けてきているのであって、こうした納税の実績を全く斟酌しないまま、納税者の間に不公平感が高まり納税意欲を阻害しないように租税負担の公平をはかるため、これを侵害した者については、制裁の基本に逋脱額の多寡をもって刑を量るという原判決の説示は、まことに実態を無視した形式論理に終始したものであって到底首肯することができないものである。

更に被告人は、一審判決による罰金四億円を完済している。当初八回に分納して支払う約束で、平成四年四月二三日、五〇〇〇万円(原審弁護人請求証拠番号14)、同年五月二八日、五〇〇〇万円(同15)、同年六月二九日、五〇〇〇万円(同16)、同年七月二九日、五〇〇〇万円(同17)、同年八月二八日、五〇〇〇万円(同18)、同年九月二八日、五〇〇〇万円(同19)をそれぞれ支払い、同年一〇月二七日には、一億円(同56、57)をまとめて支払い、実際には七回で完納したのである。いわゆるバブル経済の崩壊による不況下において、四億円の罰金を完済したということは、驚異に値するものといわなければならない。被告人の原審第二回公判調書のやりとりの中に、そうした被告人の深い悔悟による責任感の一端を彷彿とさせるものがあるので、以下摘記すると

そして、五、〇〇〇万円を八回、合計四億円を原判決どおりに完済されたわけですね。

はい。

今日このように四億円の罰金を払い切るということは、尋常なことではないんじゃないでしょうか。

大変なことでございます。しかし今回どんなことがあっても罰金を払わなくてはいけないということで、何よりも優先いたしまして払わせていただきました。(被告人の原審第二回公判調書速記録七丁裏)

昨今、急増した不動産会社の脱税事犯があって、会社自体が罰金刑に処されても、現在の不況下では、これをきちんと完納する会社というのは極めて少ないのではないでしょうか。

ほとんど少ないと思いますし、会社を継続することすら大変だと思います。

そのことについて、納付のときに、検察事務官が言ったことをお聞きになったことがありますね。

はい。

どういうことを聞きましたか。

たまたまうちの古谷弁護士から納付をされたときに、最近では大変珍しいケースである、ということで、おほめの言葉をいただいたことを聞いております。(同八丁表、裏)

というものであり、被告人が何にも優先して罰金を完納した努力の姿勢が如実に物語られている。現在の経済情勢の中で、こうした納税や、罰金の完納という経済的出捐は、懲役以上の苦しみを強いるものと言っても過言ではないが、こうした義務を履行している被告人をみても、これ以上被告人に実刑という処分を科することが、果たして租税公平の実現と言えるのであろうか。弁護人は大いに疑問を感ぜずにはいられない。

更に被告人は、平成五年二月二四日、日本肢体不自由児協会(心身障害児総合医療療育センター)への三回目の寄附(金二五〇〇万円)を行っており、同協会への寄附金合計額は七、五〇〇万円に達している。

末尾添付資料の寄付金使用状況報告書及び写真のとおり、同協会では、右寄附金を障害が重い子供達の救命、救急医療のための輸血ポンプその他の高性能の医療機器調達の費用として使用し、これまでの老朽化が著しかった旧型装置を更新して、諸設備の改善と充実のために役立てている。

被告人は、同協会との契約(一審弁護人請求証拠番号一五四-寄附契約書、全二二冊の内一九冊三、五一一丁ないし三、五一五丁)にもとづき、今後も、寄附を継続する覚悟でいる。

このように、実刑判決後も、深い反省から社会貢献の努力を続けている被告人を実刑に処すべきかどうかにつき、広い視野からあるべき量刑を考えて頂きたい。

第八点 原判決の量刑論の批判と本件のあるべき量刑について

一 原判決の量刑論

原判決はその量刑についての考えを、次のとおり表明している。

「租税逋脱犯が国家の徴税権に対する侵害である以上、その責任の程度が、侵害の程度、換言すれば逋脱額の多寡に応じて量られるべきことは当然の事理である。

のみならず、納税は「法律の定めるところにより」国家に課させる憲法上の義務であり(憲法三〇条)、かつ、「すべて国民は法の下に平等」である(同一四条)。それ故、租税法律主義と租税公平主義は、租税法全体を支配する基本原則とされているのである。租税負担は国民の間に、各人の担税力に即して公平、平等に配分されなければならない。そして、いかに租税負担が公平に配分されようと、これに従わず、租税を逋脱する者があった場合、その制裁がある者には重く、ある者には軽く、まちまちに科されたのでは納税者の間に不公平感が高まり、納税意欲を阻害することは明らかである。租税負担の公平は、これを侵害した者に対する制裁の公平、平等によって裏打ちされるのでなければその実効を保ち得ない。租税逋脱犯に対する量刑を考慮するに当たっては、犯罪一般における責任主義の原則のほか、租税公平主義の原則にも十分な配慮をすることが肝要であり、同種事犯に対する科刑の実情に鑑み、これとの均衡を失することのないよう留意すべきである。もとより、刑の量刑に当たり、犯行前後における行為者の個別的情状を斟酌する必要のあることはいうまでもないところであるが、これを過度に重視する余り、犯行そのものにおける法益侵害の大小、動機、態様その他の犯情から妥当と認められる量刑の範囲を大幅に逸脱することは、殊に租税逋脱犯の場合、同種、同等の犯罪を犯した者に対する科刑との不均衡を招く虞なしとしない。」(六-七ページ)

つまり近代法の基本原理である平等原則は課税の分野において租税公平の原則または租税公平(平等)主義として現れているが、これを課税のレベルにとどまらず、租税処罰法における量刑をも貫くものとしてとらえ、それは、逋脱額の多寡によって量刑判断をすることを要請しているという独自の理論を展開しているのである。この見解に従えば、次のようなこととなろう。

同じ一五億円の脱税者が二人いたとして、ひとりは、利益を巧妙な手口で隠し、全面的に否認し、調査・捜査に必死に抵抗し、本税・延滞税・重加算税もまったく納めず、逋脱率はきわめて高率であり、納税意識が劣悪であり、再犯の可能性も高いとする。他のひとりは、すすんで容疑を認め、調査・捜査に協力し、諸税を完納し、逋脱率はきわめて低率であり、納税意欲は高く、事件後も巨額の納税をし、かつ大きな社会貢献をし、再犯の可能性は皆無と見られるとする。原判決の見解に従えばこの二人の量刑は差異感を感ずるほど異なることがあってはならないのであり、ともに実刑としなければならず、両者の間はたかだか刑期について数か月程度の差にとどめるべきであるということになろう。

ところで、一審判決は、被告人に酌むべき情状が存することを認めた上で、「脱税事犯においては、やはり脱税額の大きさに比例して責任を量らざるを得ず、また、申告納税制度をとる税制下では、脱税についての一般予防ということを重視せねばならないことから、本件のごとく多額の脱税を行った被告人についてはその刑事責任は重く、懲役刑の実刑を免れることはできない。」(一審判決二四一丁表、裏)と判示した。これに対しては、控訴趣意書において批判したところであるが、その一審判決に比しても、原判決の量刑論はさらにいっそうの問題をはらんでいるといわなければならない。

二 原判決の量刑論の批判

1 現行租税法の基本原則は、原判決のいうように、租税法律主義と公平主義のみではない。租税法の外形的・形式的な面からみると租税法律主義の原則と永久税主義の原則があげられ、内容的・実質的な面からは、公共性の原則、公平負担の原則、民主主義の原則、収入確保・能率主義の原則があげられるとされる(田中二郎・租税法[新版]七四ページ)。

右のうち、租税公平負担の原則(公平主義)は、担税力に応じた公平な負担を課するということであるが、この原則も常に貫かれているわけではない。それぞれの時代の要請に応じて、右の原則が犠牲にされる場合がある。たとえば、「貯蓄奨励、中小企業対策、科学技術の振興、輸出振興、土地対策、エネルギー対策その他種々の目的のために、租税の減免・重課を行な」うといった場合がある(田中・前掲書八二ページ)。

租税特別措置法の土地譲渡益重課制度は、まさにこうした租税公平主義を無視した局面なのである。巨額な税金を支払い、その結果として税引後利益は巨額なマイナスとなるというコリンズグループが遭遇している事態は、担税力をはるかに越えて課税されているからなのである。原判決の「租税公平主義」論は、こうした租税負担の現実に照らすと、課税レベルの論としても皮相な一般論にすぎないというべきであろう。

租税法が租税法上の義務違反について罰則を設けていることも、直接的には、租税収入の確実・的確な実現を目的としたものであり、それは、収入確保・能率主義の原則によるものと理解される(田中・前掲八五ページ)。

もっとも、弁護人は、公平負担の原則もしくは平等取扱原則が租税法の解釈適用において機能し、担税力に応じた公平な負担が実現されるよう実践されるべきであるということを否定するものではない。しかし、それは、租税の負担(課税)のレベルの原則なのであり、滞納処分の停止、換価の猶予などのように課税執行の段階までにとどまるものであり、処罰における量刑では、刑の量定における一般的な基準が貫徹されるべきである。

2 現行刑法では、刑の量定についての一般的規定はない。しかし、刑事訴訟法二四八条が起訴猶予の標準として、「(イ)犯人の性格、年齢及び境遇、(ロ)犯罪の軽重および情状、並びに(ハ)犯罪後の情況」をあげているのは、量刑についても重要な標準を示すものと考えられる(団藤重光・刑法綱要総論(第三版)五四〇ページ)。そして、仙台高裁昭和二四年四月三〇日判決(判決時報一号一ページ以下)は、「刑の量定に際しては、単に犯罪の内容を検討するばかりでなく被告人の性格、年齢、経歴、犯行の動機、犯行後の情状等諸般の事情を考慮しなければならないことは勿論であって、もし、これらの事情の大部分を無視して量刑するならば之は法律上不当といわなければならない」と判示しているのである。

刑法改正標準草案は、次のように示している。

第四七条(一般基準)<1> 刑は、犯人の責任に応じて量定しなければならない。

<2> 刑の適用においては、犯人の年齢、性格、経歴及び環境、犯罪の動機、方法、結果及び社会的影響並びに犯罪後における犯人の態度を考慮し、犯罪の抑制及び犯人の改善更生に役立つことを目的としなければならない。

<3> 刑の種類及び分量は、法秩序の維持に必要な限度を越えてはならない。死刑の適用は、特に慎重でなければならない。

右規定は、刑の量定基準を明確化しようとしており、さらにそれは「責任に応じた」刑の量定ということを強調すると同時に、刑の量定においては、刑事政策的目的の考慮を要求し、常に謙抑主義の精神に従わねばならぬことを明示しようとしているとされる(佐伯千仭「刑の量定の基準」刑法講座第一巻一二三ページ)。

ドイツの一九五六年改正刑法草案が示すところは、次のとおりである(佐伯論文一二七ページによる)。

第二条(責任なければ刑罰なし) 責任なく行為した者は、これを罰しない。刑罰は、責任の程度をこえてはならない。

第六二条(一般的量刑事由) 刑の量定に際しては、裁判官は、法定の構成要件に属しない事情のいずれが行為者にとって有利であり、いずれが不利であるかを考察するものとする。原則として、裁判官は、次の事情を考慮すべきである。

行為への刺激、動機及び行為者の目的

行為者の性情、意思方向及びその義務違反の程度

用いられた手段及びその責に帰すべき行為の結果

行為者の経歴、その一身上及び経済的な事情

行為後における行為者の態度、特に行為の結果を回復するためのその努力

以上と比較するとき、原判決の量刑論はきわめて特異であることが明らかであろう。逋脱の額の多寡を決定的な基準とした「租税公平主義」の観念などは、刑の量定において標準として機能する余地はない。そのような見解は、刑罰の理念を喪失せしめるものであり、「法律上不当」といわなければならない。

三 自然犯との比較について

1 近時、租税逋脱税犯の自然犯化がいわれ、社会的非難の強度なものに対しては、一般刑事犯と同様な刑事責任を負わすことを考慮する必要があるとされてきた(松沢智「租税に関する犯罪-ほ脱事犯を中心として」現代刑罰法大系2経済活動と刑罰九九ページ)。租税法が本来きわめて技術的・政策的性格を有していることからいって、逋脱税犯を自然犯と同様に考えることにはそもそも疑問がある。

田中二郎教授(元最高裁判事)は、この点について次のように述べられている(前掲書三六七ページ)。

「租税犯については、戦後、一方において、租税犯の反社会性を強調し、刑事犯と同様、懲役等の厳罰を科しうるようにしようとする声が強く、立法政策的にも刑事犯と同様に取り扱おうとする傾向のあることは否定し得ないが、他方において、租税犯も、他の行政犯と同様、特定の時所における行政目的を具現する-従って、その内容は政策的にどのようにでも変更できる-租税法規の違反の事実に着目して、当該租税法規の実効性を担保し、間接に義務の履行を確保するための手段として、租税罰を科すべきものとする趣旨のもので、その意味で一種の行政犯的特色を有することも無視し得ない。」

租税法の中でも、法人税法はとりわけ技術的・政策的性格が強い。法形式的にみて法人格が異なるごとに別々に法人税を課税する(個別法人単位の規律)こととし、連結(納税)申告制度を採用しなかったことも、ひとつの立法政策の選択にすぎず、技術的・政策的配慮からなのである。そのことにより、前述(第二点)のとおり、本件のように実質的にみて違法性が低いとみられるような事案でも法人税法違反となり、処罰の対象となる。

さらに、前述のとおり、租税特別措置法の土地譲渡益重課制度は、担税力を犠牲にした政策立法そのものなのであり、課税要件もきわめて技術的である。

こうしたことを十分斟酌し、一般刑事犯と同様な刑事責任を負わすことがないよう量刑されるというのが、そもそも本件においてあるべき量刑であると考えるのである。

2 仮りに自然犯と同様に考え、これとの比較をしてみても、原判決は過度の重罰主義である。

逋脱税犯について、いわゆる責任主義の観点に立って、非難の強いものに対しては、一般刑事犯に接近した刑事責任を負わせることについては、弁護人も、その限りでは異論はない。

ところで、法人税法第一五九条と懲役刑の法定刑(五年以下)の点で近似している刑法犯は、背任罪、単純横領罪である。これらは、社会経済活動を通じてふつうの市民によって行われる犯罪であるという点で共通している。一方、詐欺罪、業務上横領罪の法定刑は、懲役一〇年以下であり、右背任・単純横領罪よりも重い罪として位置づけられている。もし、被告人が法定刑が近似している背任罪、単純横領罪を犯し、その被害額が仮りに多額であったという場合を想定すると、初犯であり、前科前歴がなく、発覚後ただちに被害者に全額を返還し、さらに利息金や多額の詫び料を支払うばかりか、その後被害金額をはるかに凌駕する利益を被害者に事実上与え、そのような事態が今後も続くことが予想され、被告人と被害者の関係が良好な関係として復活している場合、さらに、動機の点において悪質とはいえず、深い悔悟と真摯な反省が見られ、再犯の可能性は皆無であり、その事業活動や慈善活動を通じて社会に多大の貢献をしているという情状が存在すれば、疑いなく執行猶予が付される量刑となろう。起訴さえ猶予されるという事態も十分に考えられるところである。そして、この点は、詐欺罪、業務上横領罪の事案でも同様であろう(逆に、被害額が多額であるばかりか、被害弁償がなく、被害感情は劣悪であり、反省もなく、再犯の可能性がないとはいえないという場合は間違いなく実刑であろう)。

こうしたことと比較すると、原判決は、自然犯よりもはるかに重い刑を逋脱税犯に科しているものというべきである。そして、その判断は「租税公平主義」の下に逋脱税額が多額であるということのみによって行われているのであり、真に必要な処遇はなにかを問うことのない、これは過度の重罰主義ではないかといわなければならない。

法人税法第一五九条違反についても、背任罪、単純横領罪などと同じく、その行為者の個性に着目して、具体的に非難可能性を考え、真に必要な処遇はなにかを考えるものでなければならないのであって、そうでなく、逋脱税額の多きものは、一律に実刑に処するというのであれば、刑罰法全体の均衡を著しく欠き、それこそ、法の下の平等に反するということになろう。

この意味で、原判決の判断は、憲法一四条に違反するという疑いすらある苛酷な重罰主義である。

四 被告人は充分に制裁を受け、犯罪抑止の効果も果たされている。

1 本件については、平成元年二月二日、国税当局の査察があった。被告人はこれ以上はありえないという誠実・真摯な態度で臨み、調査は円滑に進んだ。指示どおりの修正申告を行ったが、平成二年一月、告発された。そして、国税局認定の脱税額がマスコミに流され、三大紙の見出しに「土地仲介料大幅水増 ワンマン徹底 社員は女性だけ フェミニズム顔の話題性手伝い成長」などと記載され、マスコミ関係者の自宅等の張り込み取材が続いた。平成二年四月中旬からは、東京地検の捜査が始まった。すべて事実は被告人によりあきらかにされており、罪証隠滅のおそれは皆無であるのに、突然、五月一日逮捕された。ここにおいても、マスコミ報道の大追撃があった。五月二二日付けの保釈請求は即日却下され、準抗告も裁判所に面接することもかなわず即日棄却となり、六月一二日保釈されるまでの間、四三日間にわたって勾留が続いた。この逮捕・勾留が刑事訴訟法の精神からいかに乖離したものであったかは、一審最終弁論でも述べたところである。自尊心をはぎとられ後悔と無念の想いで、被告人は、一時は、死を考えたことすらあった。長年にわたって築き上げた信用も崩れた。マスコミ報道の追撃はさらに続いた。そして一年半にわたる一審での裁判、実刑判決の言渡、そして一年余の原審での審理と棄却判決と今日にいたる四年八月に近い月日は、被告人にとって、苦しみと悔悟の日々であった。会社の従業員も大きな打撃と苦痛を受けた。

以上は、それ自体、被告人の行為に対する大きな非難であり、十分制裁機能を果たしている。そして、一般に対しても、犯罪抑止の効果もまた十分にはたしているというべきである。

2 犯罪抑止の効果ということについて、考えてみる。

人の行動を決定するものは、単なる快楽苦痛の法則だけではない。犯罪を抑制するという点では、刑罰よりも、家庭、学校、近隣、職場などの社会化のプロセスの中での社会規範の学習・内面化が大きな影響を持っている。納税意識の高揚についても同様であろう。税については、とりわけ、公平な立法と税務行政の公平・適正な運用こそ、逋脱税犯の多発を抑制する機能を果たすものというべきである。

制裁が抑制効果をもつということであれば、その制裁はひとり刑罰のみではない。犯罪に対する制裁は、この社会に多岐多様に存在する。現代においては、マスメディアによる報道は、最も過激な制裁機能を有している。周りの人々の評価、地位と信用が失墜する結果などもサンクションとして決定的に働く。犯罪者に対しては、法令上資格制限や権利の剥奪があり、ときには刑罰より過酷な結果を生む。逋脱税犯では、国税当局による査察調査があり、さらに逮捕・勾留から判決に至る刑事手続がある。これらは、それ自体、直接的に犯罪抑止の機能をいとなんでいる。

こうした点について、平野龍一教授は、次のように指摘されている(刑法総論Ⅰ二四ページ)。

「刑事司法の内部においても、刑罰だけが孤立して機能をいとなむわけではない。逮捕・勾留・公判への出頭強制、裁判の言渡などは、理論的には刑罰を加えるための手段にすぎないが、それ自体が社会からの一時的な隔離や社会的非難の表明といった刑罰的機能をいとなんでいる。とくに現在のようにマス・メディアが発達している場合には、逮捕や有罪判決の報道が、そのような行為に対する社会の否定的判断を人々に伝達し、それが犯罪抑止のためにも大きな効果を持つ。現実の刑罰の執行そのものによる抑止的効果も、もちろん否定はできないが、欠くべからざるものでもないこともある。ここに、刑を猶予し、あるいは刑務所内の処遇を犯人の社会復帰のために用いる余地が生じてくる。」

3 被告人には、他の法令上、資格制度、権利の剥奪という厳しい制裁も科せられている。

被告人は、コリンズグループの名実ともに総帥であり、コリンズは被告人そのものである。しかし、代表取締役であることはもちろん、平取締役であることも許されないという厳しい事態にこれから遭遇することとなる。

商法第二五四条ノ二は、禁錮以上の刑で実刑に処せられた場合は、その執行を終るまでは、取締役たることを得ず(第四号)と定めている。さらに、宅地建物取引業法第六六条は、宅地建物取引業者が法人である場合において、その役員のうちに禁錮以上の刑に処せられ、その刑の執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から五年を経過しない者に該当する者があるに至った時は、当該免許を取り消さなければならない(第三号)と定めている。

これらによると、被告人に執行猶予が付せられた場合においてすらも、商法上は取締役たりうるが、宅建業法上は、執行猶予期間が満了しない限り、刑に処せられた者には違いないので、被告人は取締役たることを得ないこととなる。宅地建物取引業者としての免許を取り消されれば、コリンズの事業活動はできなくなる。したがって、仮りに本件において、被告人に対する懲役刑に執行猶予が付せられたとしても、執行猶予期間中は、被告人は取締役としての地位に基づく活動はできないのであり、このこと自体、事業活動上きわめて重大な支障であり、実に厳しい制裁であるといわなければならない。その制裁は、執行猶予期間が長ければ、それだけ重いものとなる。

実刑に処せられる場合は、その刑の執行を終わった日からさらに五年間は取締役たるを得ない。二年間という実刑判決がもたらす影響は、前述のとおり倒産必至という深刻なものであるが、刑の執行を終わった日からさらに五年間取締役としての地位に基づく活動ができないという事態は、事業家としての被告人に死を宣告するに等しい悲惨な結果をもたらすといわなければならない。

4 被告人は、このように厳しい種々の制裁を受けた上、さらに既述した如く、多額な本税、延滞税、重加算税を支払い、東洋産商についての金四億円の罰金も納付している。その上さらに実刑に処することが、果たして被告人の人格、これまでの被告人の人格形成過程と納税実績、そして犯行後の被告人の人格態度、さらには事業による社会への大きな貢献などに相応した適正な量刑といえるであろうか。それは不必要な苦痛を被告人に強い、被告人の人間としての尊厳を回復しがたく犯すものといわなければならない。

五 本件のあるべき量刑について

1 控訴趣意書(一六二ページ以下)及び原審最終弁論において、弁護人は、刑の犯罪抑止の効果、一般予防の効果ということを考えるにしても、罰金によっても充分に実現しうるということをくりかえし述べたが、原判決はこれを全て無視した。

以下、本件において真にあるべき量刑として、懲役刑に執行猶予が付せられるのであれば、被告人は、併科罰金について、一審判決額よりもさらに重い額をも受けとめる覚悟でいることを再述する。

2 被告人を実刑に処することが、社会貢献という意味ではなんの意味ももたないのに比し、罰金は、それが支払われるならば国庫に入るのであり、社会にとっては利益である。支払われない場合は、二年以下という期間ではあるが、労役場に留置されるのであり(刑法第一八条第一項)、実刑に処することと同様の結果を達成できる。

一般予防という点においても、刑罰に抑止力があるというのであれば、罰金は充分に高額にすれば強い抑止力をもちうるであろう。とくに本件は、両罰規定(法人税法第一六四条第一項)により、東洋産商に対し罰金刑四億円が科せられているのであり、あわせるといっそう強い抑止力がある。そして、十分に高額の罰金であれば、他の犯罪者が実刑に処せられることとの間に不平感があるとはいえない。

東洋産商が罰金四億円を完納したことの背後に、現下の税制と不動産不況の下で、いかに苛烈な努力があるかについては、原審において立証したところである(前記小林公判調書七丁裏以下、一二丁裏以下)。

税引後利益として四億円を捻出することは、法人税制、超重課・重課税制の下では、何十億円という不動産譲渡益をあげなければならず、それは、現在の不動産取引の状況からすると、きわめて困難なことなのである。

他方、小林被告人は、個人的な財を形成することに無欲で、みるべき資産をもたない。一審判決の六〇〇〇万円の併科罰金は、これから被告人の税引後所得でまかなわなければならない負担である(同じく、税引後所得によって、これまで合計七五〇〇万円もの寄付を日本肢体不自由児協会に行っている)。

現在のコリンズの営業実態、収益状況からして、被告人が罰金を払い切るほどの個人所得を得るということは尋常な努力ではなしえない。たとえば、一億円の罰金を支払うための税引前の個人所得としては、単年度では約三億円程度が計上されなければならない。これは過酷である。そして、国庫はその大半を、地方自治体はその余を税としてすべて取得するのである。

このように、本件においては、高額な罰金は現実的に財産的苦痛を与えるものであり、実刑以上の制裁力を有している。そして、罰金はそのようなレベルのものであれば、一般予防という点でも強い抑止力があるというべきである。

とくに現下の経済情勢の下ではそうである。刑罰の抑止力は、いかなる時代、いかなる社会にあっても不変ではなく、時代によって、その社会情勢によって変化するというべきであろう。

なお、実刑判決を破棄自判して執行猶予を付し罰金刑を併科しても、刑事訴訟法第四〇二条の不利益変更の禁止に違反しないというのは最高裁判所の判例でもある(最高裁昭和四〇年二月二六日第二小法廷決定刑集一九巻一号五九ページ)。

巨額の罰金は、大きな負担となるが、もし、被告人の懲役刑に執行猶予が付せられ、一審判決が併科した罰金額より以上に、高額の罰金を科せられるというのであれば、被告人としても、その判断を心深く受けとめ、それを払い切るための努力を尽くし、なし遂げる覚悟でいる。

3 ところで判例は、何が重い刑かについて、執行猶予、未決通算、訴訟費用の負担など主文の全体をみて実質上被告人に不利益であるか否かを判断するいわゆる具体的総合説の立場をとる。そして、刑の軽量の比較にあたっては刑の執行猶予の言渡の有無を考慮すべきであり、一審の懲役刑より重い懲役刑を言渡しても、執行猶予付きの刑に変更すれば同条に違反しないというのも最高裁の見解である(最高裁昭和五五年一二月四日第二小法廷決定刑集三四巻七号四九九ページ、なお大阪高裁平成三年二月七日判決判例時報一三九五号一六一ページ)。

被告人は、執行猶予とされるのであれば、その場合、主刑たる懲役刑が重くなったとしても、これを受容する。

4 このように、被告人に執行猶予を付するとしても、一審判決の懲役二年罰金六〇〇〇万円の量刑にとらわれないのであれば、さまざまな可能性がある。にもかかわらず、原判決は、前述のような量刑論の下に、すべての可能性を切り捨てている。その硬着化した判断は、著しく不当で著しく正義に反するものとなっている。

どうか、最高裁判所におかれては、刑事訴訟法四一三条に従い、原判決を破棄され差戻していただきたい。あるいは、訴訟記録並びに原裁判所及び第一審裁判所において取り調べた証拠によって直ちに判決をすることができるものとも考えられるので、本件について自ら感銘力ある量刑判断をされ判決をしていただきたく切望する。

むすび

一 いま、被告人は、絶望の思いのなかにある。ひとたび多額の逋脱税を犯したら、どのような有利な情状があろうと、どのように償おうと許される道はないのか。深い悔悟を越えて、それは、刑事司法への絶望の思いに拡がりつつある。

二 控訴趣意書において、弁護人は、一審判決の一般予防論を批判し、その影響をおそれるとして、要旨次のように述べた(一六四ページ以下)。

「今日の日本社会においては、巨大企業と目されている多くの企業体が微々たる税金しか納めていないこと、あるいは国税当局との見解の相違という弁解を後に伴ってなされるところの巨額の利益隠しや「申告漏れ」がなんら刑事訴追されることなく放置されている事態があることは、まぎれもない事実である。

本件のような事案ですら被告人が実刑に処せられるというのであれば、調査時に進んですべてをあきらかにし協力すること、さらには捜査にも全面的に協力するということはおろかなことであるという考えが生まれないか、あるいは、そうした風潮が促進されないか、弁護人はそのことを心からおそれる。本件においても、全面的に否認し、必死に隠くせば国税当局の調査は頓挫する可能性があったであろう。抵抗すればもっと長い年月と厖大なコストが費やされ、その結果として、立件できない事態も十分ありえたであろう。しかし、そのような選択を被告人は潔しとはしなかったのである。そのような選択をする者が、今後陸続とあらわれる事態となることを、おそれるのである。」

「各年度の東洋産商の決算内容は自由にできたのであるから、適正に取得価格や取得経費を計算しても課税の対象となる利益が発生しないように、コリンズグループへの譲渡価格を決定し操作すれば、なんら法人税法違反とならないようにすることも可能であったであろう。本件のような事案ですら被告人が実刑に処せられるというのであれば、所得隠しのための経理操作、脱税の手口がいっそう巧妙になっていきはしないか、弁護人はそのことも心からおそれる。

多額の本税、延滞税、重加算税を即完納することも、社会に貢献すべく事業活動に日夜砕身の努力をすることも、巨額の損失を抱えながら続く二年間に一四一億円もの納税をするという想像を絶する努力をすることも、いずれもほとんど評価されず実刑となるというのであれば、人々は無為に過ごすことを選択するであろう。そのことをさらに弁護人は深くおそれるのである。」

原判決がこのまま確定するのであれば、弁護人は、より深く以上のことをおそれるのである。

三 被告人は深い絶望の中にあると述べた。しかし、被告人はただ拘束刑を逃れたいと思っているのではない。そのようなことは、なによりも彼の真摯な反省と覚悟のほどに背馳する。被告人が執行猶予を求めるのは、彼の強い責任感からである。地権者、地域住民、銀行、建設会社、地方自治体さらには被告人を尊敬し信頼してコリンズグループに働く人々とその家族などに対する責任意識からであり、街づくり事業を完遂して、社会に貢献したいという願いからである。

そして、原審での二度の被告人尋問において立証したとおり、いま、さらに自らを厳しく律し、この深刻な経済不況と融資規制の中、その事業を推進するため日夜働いている。

このような被告人がたとえ短い期間であっても社会から隔離され、刑務所施設内で刑務作業の日々を過ごさなければならないということは、本人にとっては苛酷にすぎる制裁であるばかりか、社会にとっても量りがたく大きな損失である。

貴裁判所が、英知ある判断をされて原判決を破棄されるよう、心からお願いする次第である。

○上告趣意書

私に対する平成五年(あ)第四三一号法人税法違反被告事件について、弁護人の上告趣意書とは別に上告趣意書を提出いたします。

平成五年九月二二日

被告人本人 小林政雄

最高裁判所第二小法廷 御中

はじめに

本人である私が私の尊敬し信頼する弁護人の方々が精魂こめて作成された、上告趣意書に重ねてさらに上告趣意書を提出するということは、大変非常識と思われるかもしれません。しかし、私は第二審高裁での審理とその判決にはどうしても納得できず、私の声を、裁判の最後である最高裁判所の裁判官の方々に直接お聞きいただきたいと提出いたす次第です。

ここに至るまでに迷いました。たまたま友人の紹介で九二歳の弁護士の中嶋忠三郎先生を知り、事件のことをお話しいたしましたところ、中嶋先生は、裁判官、そして弁護士としての長い経験から、素人であるとはいえ、本人の書いた上告理由によって大審院・最高裁において、高裁の判決が覆された例はすくなくないことを具体的にお話し下さり、裁判官は心からの声や、訴えには、よく応えて下さるものであるということを述べられました。これに勇気づけられ、私の弁護人の方々の御理解も得て、本上告趣意書をしたためることといたしました。

一、第一審の松浦裁判長は、よく審理をして下さり、その御心、あたたかい心情が審理の折にも伝ってくる感じを抱きました。心から感謝をしております。判決の結果は、残念でしたが、私としては、あとは二審の裁判官によくお願いしなさいと言っておられるように聞えました。しかし第二審の審理は、私と弁護人の先生方と顔を見合わせてしまう程簡単に済まされてしまいました。判決はあらかじめ決っていた結果を告げたとしか考えられない冷酷なものでした。先生方が真剣に作成された控訴趣意書も、無駄に終ってしまったかにも感じた程でした。

中嶋弁護士は、東京の弁護士の間では、東京高裁の第一刑事部には、脱税事件については控訴しても無駄である、声がまったく届かないという絶望的なことが言われているとおっしゃっておられましたが、今回私も同じ思いを抱きました。しかし、私が二年間刑務所へ行かなければならないということになると、コリンズグループは倒産を余儀なくされるかと思います。そのような事態を考えると、私はどうしても納得できる審理をしていただきたかったという思いを押さえることはできません。

憲法では、裁判を受ける権利が保障されているということを聞いておりますが、私の事件について、二審においてそのことが果たされたといえるのか、強く疑問を抱いております。

二、今、私は事件を振りかえって心から反省をしています。そして、せめてもの償いをと、私なりに懸命に果たしてきているつもりです。今後も更に、努力し、社会に貢献していきたいと考えております。しかし、今、どんなに努力したところで、懸命に償ったところで、結果は変らないのかと、むなしい思いでもおります。

私は事件後、国税調査官、そして担当検事の方々には自分から進んで事件の詳細を明らかにし、その解明に協力してきました。このことをはじめとする私の努力は、上告趣意書をお読みいただければ、御理解いただけると思います。そうした努力は、決して刑を逃れるためにしたものではありません。深い反省と、これからの人生への私の覚悟のほどを示しているものであります。しかし、いま、そうしたことが裁判官によって、ほとんど評価されず、脱税額のみで服役しなければならないという現実に直面して、私としては、まことに悲しい思いでおります。

この無念、むなしさ、悲しみを、どうかわかっていただきたいのです。

三、私は現在五十八歳でありますが、子供の頃は貧困のうちに育ち、親の借財を背負い、十七歳の時に働き始め、四十二年になります。頼る人もなく、ただひたすら仕事一筋に生きてきました。人から趣味と聞かれると“仕事”と答えて笑われてしまいます。しかし、一生懸命に仕事をするなかで、私は多くを学び、成長してきました。仕事については、誰にも負けたくないし、負けることはないと思っております。

不動産業界に入り、今年で二十一年になります。この業界の人達のほとんどは、土地を買い、そして売るというそれだけの仕事で生きています。しかし私は、それではこの業界は社会にとって、たいした価値を持つことはないと思っておりました。私は土地開発も生産事業のひとつと考え、地域の景観を一変させるような美しいビルを作ることに、力をそそいできました。そして、約百棟のビルを七年で作り上げてきました。そして、いま、新宿・荒川などの再開発に取組んでおります。これらの公共性については、一審判決も認めて下さっているところです。

銀行や、建設業界の方々は「小林社長ほど仕事を真剣に考え生きている人は、不動産業界には、ほとんどいない」とまで言って下さり、信頼していただいております。事件が、新聞報道によって知られるようになった後も、実刑判決が下されるまでの間においては、厳しい不動産融資規制があったにもかかわらず、銀行団は、二千億もの追加融資をして、応援して下さいました。コリンズグループだけは特別扱いをして下さったのです。各、建設会社も協力を続け次々と美しいビルを完成してくれました。

しかし、今、経済不況の中で、ビル事業は全滅状況にあります。今の状況が続けば生き残ることは困難です。しかし、私は、私自身が仕事をすることができるのであれば、建て直し、いま、取り組んでいる事業を完成させて、輝かしい再生をする自信があります。「逆境作人」。私の大好きな言葉です。子供の頃から逆境に堪えて今日にまで成長しました。どうか、私に是非仕事をさせて下さい。

四、この事件を通じて、私はたいへん多くを学びました。そして、許していただこうと自分にムチを打って、世の中の為にと頑張ってきました。日本肢体不自由児協会へ個人で一億円四回の分割寄附をする約束をし、三回を済ませました。いまの経済状況の中で大変な苦労を重ねての支払いです。しかし完納する覚悟で頑張っています。協会の方は、私の努力によって、どれだけ多くの障害を持った子供達が救われているかと、私にお役に立てることがあれば、どんな協力も惜しまないと言って下さっております。しかし、そうしたことも、二審の裁判官の心をいささかも、動かすものとなりませんでした。

再開発事業の対象地の多くの地域住民の方々も、私の刑事裁判の結果を注視しておられます。これまでたいへん喜んでいただいた開発が途中で挫折すれば、まことに、大きな影響を社会に与えることになるでしょう。私のために、できることがあればすると言って下さる荒川区や、新宿区の住民の方々が多数おられます。しかし、そのことも、二審の裁判官は冷く切り捨てられました。

私の脱税額の六割は、グループ内の土地の移転によるものであり、決算対策で生じたものです。このことの意味については、弁護人の上告趣意書で、詳しく述べられておりますので、御精読下さい。ここで私が言いたいのは、脱税額の大小がすべてなのかということです。ただ、一度のあやまちも、その額によってすべてが決ってしまうというのが、いまの司法の世界の考えなのでしょうか。

莫大な納税額も、そのための努力も、さまざまな貢献も、反省も、協力も、すべて無駄なのでしょうか。もしそうであるとすれば、審理とはなんなのでしょうか。

六、私は自分のためだけに、服役することを恐れているのではありません。地域住民の方々や、銀行団、建設会社、そして私の会社で働く多くの社員のために、私はこの大不況の時こそ、仕事を続け、頑張らなければならないと思っているからです。

最高裁判所の裁判官の方々のお仕事は激務であると聞いております。しかし、以上述べました私の思いをおくみとりいただき、弁護人の方々が作成して下さった上告趣意書を御拝読いただくとともに、二審判決の結果を正していただきたく、切にお願いする次第です。

つたない文をお読み下さり本当にありがとうございました。

平成五年(あ)第四三一号

○上告趣意書

被告人 室伏博

右の者に対する法人税法違反被告事件についての上告の趣意は、左記のとおりである。

平成五年九月二一日

弁護人 赤松幸夫

最高裁判所第二小法廷 御中

原判決は、原審における弁護人の「第一審判決の量刑は被告人の刑の執行を猶予しなかった点で著しく重過ぎて不当であるから、破棄を免れない」旨の量刑不当の主張を排斥し、被告人を懲役一年の実刑に処した第一審判決を維持すべきものとした。

しかしながら、右は、刑の量定が甚だしく不当でその判決を破棄しなければ著しく正義に反する場合に当たると思料されるので、刑事訴訟法四一一条二号の適用による原判決の職権破棄を求めるものであるが、その理由は次のとおりである。

第一 原審における弁護人の主張とこれに対する原判決の判断について

一 弁護人の原審における各主張のうち、特に原審の理解を得たかったのは、次の点である。

すなわち、近時脱税事犯の自然犯化が喧伝されているところ、その当否は別としても、本質的には行政犯すなわち法定犯であるはずの脱税事犯に対する量刑が、第一審判決に見られるごとく、その判断の基準が脱税額の多寡に偏り過ぎた結果として、破廉恥な財産犯よりも重い量刑が行われることが一般化していること、具体的には、例えば詐欺事犯において、詐取金額が多額に及んだとしても、被害者にその金額を返却し、さらに同返却までの利息や慰謝の趣旨で多額の金員を支払うといった情状が存し、また、動機に特段の悪性が認められない上、初犯にして、真摯な反省の情を示し、さらに相当な社会的地位を有するなどで再犯の可能性がないのみならず、社会内で処遇すれば多大の社会的貢献をも期待できる場合には、当然に執行猶予が考慮されるはずであるのに、脱税事犯の場合には、本件のごとく、本税のみならず、延滞税や重加算税を完納することによって、右に例示した詐欺事犯における詐取金員の全額返却・利息や慰謝の趣旨での多額の金員の支払に相当する情状が存し、その余の情状についても、同詐欺事犯と全く同様の諸点が認められても、脱税額が一定の額を越えると、必然的に実刑に処せられるというのでは、余りに不合理であるという点であった。

要するに、弁護人は、原審において、自然犯たる財産犯の場合においてすら、当該犯罪事実において侵害した財産的利益の額が多額に上ったとしても、犯行後の事情が十分に加味され、他の情状とも相俟って刑の執行猶予の余地が存するにもかかわらず、脱税事犯の場合には、脱税額が一定の額を越えると、その余の情状がいかなるものであっても、これが無視され、実刑が相当とされることの不合理を強く指摘したものである。

二 これに対し、原判決は、その判決理由の冒頭において右の点に関連して、「租税ほ脱犯が国家の徴税権に対する侵害である以上、その責任の程度が、侵害の程度、換言すればほ脱額の多寡に応じて量られるべきことは当然の事理である」と断じ、さらに憲法三〇条と同一四条を根拠として「租税法律主義と租税公平主義は、租税法全体を支配する基本原則とされているのである。租税負担は国民の間に、各人の担税力に即して公平、平等に配分されなければならない。そして、いかに租税負担が公平に配分されようと、これに従わず、租税をほ脱する者があった場合、その制裁がある者には重く、ある者には軽く、まちまちに科されたのでは納税者の間に不公平感が高まり、納税意欲を阻害することは明らかである。租税負担の公平は、これを侵害した者に対する制裁の公平、平等によって裏打ちされるのでなければその実行を保ち得ない」などと説示した上、本件について「そのほ脱額は三期合計で実に一五億三二五八万円余の巨額に及んでいるのである。これが近時とみに高額化するほ脱事例の中でも数少ない上位に位置付けられることは明らかである」と指摘している。

そのほか、原判決は、本件の動機、犯行態様にも触れ、結論として「ほ脱額、犯行の動機、態様、いずれの点からみても被告人小林の犯情は頗る悪質であって、その刑責は重大というべきである」と認定しているのであるが、右のとおり、原判決が、その判決理由の冒頭において、ことさら「租税ほ脱犯……の責任の程度が……ほ脱額の多寡に応じて量られるべきはことは当然の事理である」と断じていること、また、本件の動機、犯行態様については、第一審判決の認定等に照らしても、少なくとも他の脱税事犯に比し特に悪質とされるようなものではないことからみて、結局、原判決もまた、第一審判決と同様に、本件の脱税額をもって相被告人小林(以下、単に「小林」という)のみならず、被告人をも実刑相当と判断したことは明らかであろう。

ちなみに、右判示は、直接的には小林に対するものであるが、結局は、本件事犯に対する全体的な判断であって、被告人の控訴を棄却した主たる理由ともなっていると思料される。

そこで、原判決の右判断の当否であるが、結論として、原判決は、弁護人の前記指摘には何も答えていない。

すなわち、「何ゆえに、自然犯たる財産犯の場合においてすら、当該犯罪事実において侵害した財産的利益の額が多額に上ったとしても、犯行後の事情が十分に加味され、他の情状とも相俟って刑の執行猶予の余地が存するにもかかわらず、脱税事犯の場合には、脱税額が一定の額を越えると、その余の情状がいかなるものであっても、これが無視され、実刑が相当とされるのか」ということ、つまり、自然犯たる財産犯の場合との違いについては何らの説明がないのである。

さらに言えば、弁護人は、自然犯と法定犯を全体としてみた場合、すなわち刑事司法全般における量刑の在り方に照らして、被告人の量刑は余りにも不当であると主張しているにもかかわらず、原判決は、そのような視点を全く無視し、租税法律主義と租税公平主義が租税法全体を支配する基本原則であるとして、租税法の枠内でのみ事を論じた上、そのことから直ちにほ脱犯の量刑つまりは実刑か執行猶予かの区別が、脱税額の多寡によって決せられるという結論(原判決は、直接的にはそのような表現は取っていないが、その説くところからすると、結局はそのような結論となろう)を導き出すのみである。

租税法律主義と租税公平主義が租税法全体を支配する基本原則であり、そのことがほ脱事犯の量刑にある程度の影響を与えることは当然であるが、問題は、ほ脱事犯における量刑において、脱税額の多寡すなわちほ脱事犯における法益侵害の程度という事項が、財産犯における法益侵害の程度ということ以上に重視される結果として、財産犯の場合とは異なり、脱税額が一定の額を越えると一切執行猶予が考慮されないということが刑事司法全般における量刑の統一性・整合性とう観点からみて、余りにも不合理ではないか、ということにある。

しかるに、原判決は、いわば循環論法的な説示を行ったのみで、実質的には右の点について全く判断を示していないというほかはない。

第二 現に、実際の財産犯に対する裁判例と比較しても、原判決の刑の量定は甚だしく不当である。

前記のとおり、原判決は、弁護人の極めて重要な主張を無視し、これについて何らの判断も示さぬまま、第一審判決を維持したのであるが、弁護人は、単に原判決の判決理由の不備のみを問題としているのではない。

原判決には、右の通りの不備が存するのみならず、現に財産犯に対する具体的な裁判例に照らしても、その刑の量定が甚だしく不当であることは明らかなのである。

一 すなわち、ここに一つの裁判例がある。

結論から先に述べれば、その裁判例(平成四年(う)第一〇九〇号東京高等裁判所平成五年八月二三日判決)は、裁判所において損害額が二二億円余りにのぼる背任の事実を認定する一方で、その損害の弁償が未だ一億円余りに過ぎないにもかかわらず、主犯について刑務所に収容するよりも社会内で処遇するのが相当であるとして刑の執行を猶予したものである。

当該事件の事実関係等は、本上告趣意書に添付した東京高等裁判所と千葉地方裁判所の各判決書、第一審における論告要旨によって明らかであるが、本件事案との比較上、その概要を示すと(以下、右裁判例における被告人を「X」という)次のとおりである。

1 犯行に至る経緯

Xは、千葉県内において数社の企業を経営し、また、県議会議員を務める一方で、某信用組合(以下「A信用組合」という)の理事長として同信用組合の業務全般を統括していたものであるが、選挙運動費用や交際費等に充てるため、昭和五三年から、同信用組合の貸付関係規定に違反し、また、十分な担保も提供しないまま、第三者名義等で同信用組合からいわゆる不正融資を受け、昭和六一年六月末にはその融資残高が一三億円余りに達した。

一方、A信用組合は某企業(以下「B社」という)に、同信用組合の融資限度額を越える不正融資を行ってきたところ、その事実が県商工労働部金融課の検査によって発覚ししたため、同貸付の回収に務めたが、同回収は円滑に進まず、むしろ追い貸し等によってB社に対する貸付残高は増加していった上、B社は昭和六一年七月には業績不良により手形等を不渡りにするに至り、その時点でのA信用組合のB社に対する貸付残高は七億五三〇〇万円に上っていたのに対し、そのうち定期預金等によって保全されているのは二億円弱に過ぎない状態であった。

2 犯行状況

Xは、A信用組合の専務理事(以下「Y」という)と共謀の上、B社が前記のとおりの経営状態にあり、それ以上の貸付を行った場合には、その回収が困難になることを熟知していたにもかかわらず、その任務に反し、同社を倒産させると、同社に対する不正融資が公になり、ひいては前記商工労働部金融課等の追及により、Xに対する多額の前記不正融資も発覚し、マスコミなどに取り上げられるなどしてA信用組合の組合員や地元民から非難を受け、XにあってはA信用組合の理事長や県議会議員の、Yにあっては同信用組合専務理事の各地位を失い、更には共に民事、刑事の責任を追及される恐れがあったことなどから、そのような事態を回避するため、更に同社に対する融資を続け同社の倒産を引き伸ばして、Xが同信用組合から多額の不正融資を受けている事実の発覚を防ぐという主としてXらの利益を図る目的をもって、昭和六一年七月一八日ころから昭和六三年九月二〇日ころまでの間、前後七七回にわたり、B社に対し、合計二二億円余りの貸付を行い、いずれもその回収を不能ならしめ、もって、A信用組合に対して同額の財産上の損害を与えた。

3 第一審裁判所の判断等

右事実について、第一審の検察官はXに対し懲役四年を、Yに対し懲役二年を求刑した。

それに対し、第一審裁判所は、その判決において、「その動機は、Xに対する不正融資が発覚し、それによって責任を追及されることになるのを恐れたことなどであって、何ら酌量の余地はない」「公共的性格を帯びた金融機関の理事長と専務理事という重要な地位にあったXY両名が、その任務に背いて本件のような不正融資を行うことは、金融機関に対する社会一般の信頼を害するもので、それ自体厳しい非難に値する」「本件の損害が合計二二億円余りという巨額なものであって、本件犯行によってA信用組合の存立を不可能とし、他の信用組合に吸収合併されるという形で事実上倒産させてしまった結果は重大であり、県等による救済策が実施されなければ、A信用組合が現実に倒産し、深刻な金融不安が惹起されかねなかった」「特に、Xにおいては、理事長という地位を利用し、自分自身がA信用組合から多額の不正融資を受けていたもので、その刑事責任は重い」などと認定する一方、「XY両名は本件犯行発覚後、すべての個人資産を担保提供するなど、被害の弁償に努めている」「同両名はA信用組合が吸収合併されるに際してその理事としての地位を失い、退職金等の支払も受けないなど、それなりの社会的な制裁を受けている」「Xは、県議会議員を辞職するなど反省の情が顕著であり、前科前歴もなく、県議会議員として公職にあり、公共的社会的貢献をしてきた」「YについてはXの養父に対する恩義からXの保身に協力したもので、自身の保身を図る目的は副次的であった」などとも認定し、結論として、Xを「懲役二年六月」の実刑に処し、Yについては「懲役二年、執行猶予四年」との判決を下した。

4 第二審裁判所の判断等

右第一審判決に対し、Xは、量刑不当により控訴し、これに対して第二審裁判所は、第一審裁判所の判断自体は肯定する一方で、第一審判決言渡し後の情状として、「Xは一層反省を深め、早期に被害弁償するよう真摯な努力を続けており、その一環として、B社の株式の大半を取得して同社が被害弁償に向けて誠実な対応をするよう監督しているところ、同社の営業成績の好転により、平成五年七月から毎月五〇〇万円以上(平成六年八月以降は一〇〇〇万円以上)をA信用組合の不良債権を引き受けた県信用組合協会へ弁済し得る見通しが確実となり、現に平成五年七月及び八月分として合計一〇〇〇万円が支払われている」「B社のA信用組合への債務を連帯保証していた関連会社のB社に対する土砂採取権料一億円が、B社の弁償分として右県信用組合協会に支払われ、また、月額五〇〇万円から七〇〇万円の採取料が以後毎月Xへの不正融資分の弁償としてA信用組合を吸収合併した信用組合に支払われることが確実になった」「さらにX経営の各企業についても経営改善につとめ、その利益がX個人の右信用組合へ滞納していた金利の返済に当てられる状況になり、従って、Xらから担保提供されている不動産もやがて経済状況が好転すれば相当程度に評価されて売却され、それぞれの債務(Xの右信用組合への債務とB社の右県信用組合協会への債務《本件背任にかかる債務》)がある程度弁済される見通しが付くに至った」などと認定し、結論として、「Xを今直ちに刑務所に収容するよりも、今回に限り刑の執行を猶予し、自力による更生の機会を与えるとともに、被害弁償の努力をさせるのが相当であるというべきであるから、現時点においては原判決の量刑をそのまま維持することは明らかに正義に反するものと認められる」として、第一審判決のXに関する部分を破棄し、「懲役二年六月、執行猶予四年」との判決を下した。

すなわち、同裁判所は、本件背任の被害額が二二億円余りと巨額であり、また、現実の被害弁償という観点からみると、現に弁償されたのはそのうち一億一〇〇〇万円に過ぎないにもかかわらず、第一審判決の認定した、弁償への努力、信用組合の役員たる地位の喪失等による社会的制裁、県議会議員を辞職するなど反省の情が顕著であること、前科前歴がないこと、県議会議員としての公共的社会的貢献といった情状に加えて、第一審判決後のさらなる反省と弁償への努力が認められることを理由に「Xを今直ちに刑務所に収容するよりも、今回に限り刑の執行を猶予し、自力による更生の機会を与えるとともに、被害弁償の努力をさせるのが相当」とし、従って、「現時点においては原判決の量刑をそのまま維持することは明らかに正義に反するものと認められる」として、Xを執行猶予に付したのである。

二 そこで、本件脱税における小林並びに被告人の情状と右背任におけるXの情状について比較すると次のとおりである。

1 動機

右背任については、その第一審、第二審各判決認定のとおり、X自身の不正を背景とした全く利己的なものであって「何ら酌量の余地はない」「何ら同情の余地はない」ものであった。

これに対し、本件脱税の動機は、原審も認めているとおり、困窮していた福田葵の救済と過去に企業を倒産させ多数の従業員、その家族に辛酸を嘗めさせたという辛い経験から不測の経営危機に備えたというもので、原判決において「酌むべき事情は認め難い」とされ、第一審判決において「特段にくむべきものとまではいえない」とされてはいるものの、第一審判決が同時に「その心情は理解できても」とも説示しているとおり、右背任のそれに比べれば、遙かに悪性の乏しいものであったことは明らかである。

2 犯行状況

右背任については、Xが単なる私人ではなく、公共的性格を帯びた金融機関の理事長でありながら、その任務に背いて不正融資を行うという金融機関に対する社会一般の信頼を害する行為であることにより、その第一審、第二審各判決ともに「それ自体厳しい非難に値する」と判示し、さらに「特に、Xにおいては、理事長という地位を利用し、自分自身がA信用組合から多額の不正融資を受けていたもので、その刑事責任は重い」とも判示している。

これに対し、本件脱税についても、第一審判決は「計画的かつ周到に不正工作をしている」と判示し、原判決も同様の認定をしているのであるが、脱税という行為は、それ自体は、個人的なものであるのに対し、右背任については、その各判決が判示しているとおり、直接的に公益を害したものであって、その悪性は本件脱税を上回るものと認められる。

なお、一般的にいえば、本来は個人的な法益である財産権の侵害を罰する背任罪と国家的な法益である国の徴税権の侵害を罰する脱税罪の各犯行状況の悪性の程度を比較することには多少無理があろうし、また、背任と脱税では犯罪としての類型を異にするのであるが、Xにかかる右背任の場合は、その被害者が正しく公共的性格を帯びた信用組合(信用組合というものはいわば庶民の零細な預金を扱っている金融機関であって、その意味では、国家的な法益を侵害する場合よりも、そのような金融機関を被害者とする財産犯は、それ自体より悪質というべきであろう)であるから、右比較は十分な合理性を有するものである。

3 犯行の結果(法益侵害の程度等)

右背任の被害金額は、二二億円余りと巨額である上、その犯行の結果として、A信用組合を事実上倒産させるといういわば回復不可能な損害を生じさせている。

これに対し、本件脱税におけるほ脱額は一五億円余りと、右背任の被害金額を大きく下回っており、また、その犯罪の性格上当然とはいえ、直接的に回復不可能な結果を生じさせたという事実も存しない。

ちなみに、この場合も、両事案の法益や犯罪類型が異なるとはいえ、右背任における被害者が公共的性格を帯びた金融機関であることからすれば、右各法益侵害の額等の比較は十分に合理性があり、その意味で、右背任の犯行結果の重大性は本件脱税を遙かに上回っているというべきである。

4 犯行後の情状(侵害した法益の回復等)

右背任については、その被害弁償等についての真摯な努力等が存するとはいえ、第二審判決までに現に実行された弁償の額は、被害額二二億円余りのうちの一億一〇〇〇万円に過ぎず、未だ二一億円余りの被害が残っている上、XがA信用組合から受けた不正融資分一三億円余りも現実には全く返済されていない。

これに対し、本件脱税にあっては、その第一審判決前に一五億円余りの脱税分はもとより合計六億円余りという多額の延滞税並びに重加算税も完納され、その第一審判決も認めるとおり、その現実の法益の侵害は速やかに回復済みである。

さらに小林にあっては、第一審判決にかかる法人に対する罰金四億円をも完納したのみならず、会社の苦境の中で福祉施設に対し七五〇〇万円もの寄付を実行しており、また、被告人は、本件脱税における自己の利得分について敢えて修正申告を行い、本税、延滞税、重加算税として同利得分を上回る約三億二〇〇〇万円を完納した上、福祉施設等に合計二七〇〇万円を寄付しているのである。

以上のとおり、右背任にあっては、現実の被害弁償という意味では、ほとんどその弁償は未履行という状態であり、また、前記のとおり、A信用組合の事実上の倒産という回復不能の損害をも生じさせているのに対し、本件脱税にあっては、その法益侵害の回復は速やかにして完全というべき状態にある。

5 その他の情状

右背任については、その各判決において、Xが社会的制裁を受けていること、反省の情、前科前歴がないこと、県議会議員としての公共的社会的貢献といったことが酌むべき情状として説示されている。

これに対し、本件脱税にあっても、小林、被告人ともに本件脱税の発覚と有罪判決の言い渡しという事実によって現在事業上の甚だしい苦境にあり、その現実はXの受けた社会的制裁以上のものであると認められるし、反省の程度も犯行後の状況が示すとおり、Xに些かも悖るものではない。

また、公共的社会的貢献についても、第一審判決認定のとおり、その事業は極めて公共的なものであり、従って、これまでの社会的貢献もXに比べより具体的にして多大であることが明らかである。

さらにいうと、小林並びに被告人については、Xの場合以上に、実刑に処するよりも社会内で処遇した方が、将来の社会貢献の見込みが大であり、かつ、実刑に処することによって社会に与える損害が甚大なものになることが明白なのである。

三 以上のとおり、本件脱税と右背任の各情状を比較すると、本件脱税の情状の方がより良好であることは明らかであるところ、実際には、右背任については原判決が破棄されてXの懲役刑に執行猶予が付されたのに対し、本件脱税については原判決において控訴が棄却されて実刑が相当であるとされたものである。

そこで、結局、右結果の差は、双方の保護法益並びに犯罪類型の違いによって生じたものと考えるほかはないのであるが、そうであるとすれば、そのようなこと自体極めて不合理であり、甚だしく正義に反するものである。

すなわち、敢えて本件脱税に対する原判決の口ぶりを借りれば、「背任は個人の財産権を保護法益とする犯罪であって、背任事犯が個人の財産権に対する侵害である以上、その責任の程度が、侵害の程度、換言すれば被害額の多寡に応じて量られるべきことは当然の事理」ということになる。

そして、これも原判決の論理を借りれば、「個人の財産権が尊重されるべきことは憲法二九条に定められた国民の基本的な権利であり、また、個人の財産権を侵害する者があった場合、その制裁がある者には重く、ある者には軽く、まちまちに科されたのでは憲法一四条に定められているとおり法の下に平等である筈の国民の間に不公平感が高まり、刑法中の財産犯関係条項順守の意欲を阻害することは明らかであって、個人の財産権の保護は、これを侵害した者に対する制裁の公平、平等によって裏打ちされるのでなければ、その実行を保ち得ない」ということになろう。

さらに言えば、個人の財産権は、租税法律主義や租税公平主義によるもの以上に国民の基本的な権利であるから、原判決の論理に従うと、財産犯における量刑が被害額の多寡にかかる程度は、脱税事犯における脱税額以上に大きいものとならざるを得ないことともなって、結局、背任罪等の財産犯にあっても、その法益侵害の程度がある程度の額を越えると、他にいかなる情状が存しようとも執行猶予の余地が全く認められないこととなり、具体的には、Xにかかる右背任のような事案について執行猶予が付されることはあり得ないということになる筈である。

もとより、弁護人は、自らが関与したXに対する前記裁判例を不当とするものではないのであって、その述べんとするところは、要するに、原判決の論理を以てしては、Xが執行猶予であるのに対し、本件脱税における被告人らが実刑である理由を合理的に説明するのは不可能であるという点である。

また、本件の原判決とXに対する前記裁判例との比較によって明らかなとおり、刑事司法における量刑、すなわち実刑に処するか執行猶予に付するかを判断するに当たって、特定の犯罪類型につき法益侵害の程度を過度に重視することがいかに不合理な結果を生むかという点なのである。

すなわち、右裁判例において、裁判所は、Xについて、その法益侵害の程度が極めて大きく、また、その回復が実現していない場合にも、その他の情状を総合考慮して、Xを実刑に処するよりも社会内処遇によって自力更生の機会を与え、被害弁償の努力をさせるのが相当であるとの判断を下したものであるが、このように背任事犯において、いかに被害額すなわち法益侵害の程度が大きかろうと、さらには例えその被害弁償が未了であっても、全体的な情状によっては、右のような判断が妥当性を持つことがあることは、言わば法律実務家にとって当然の事理であって、現に、右裁判例も確定しているのである。

また、そのような事理は、財産犯において固有なものではなく、刑事司法の量刑に当たっての共通の事理の筈で、そうでなければ、刑事司法における量刑が犯罪類型によって偏跛になるという不公平を生まざるを得ない。

しかるに、現実の法益侵害が十二分に回復され、その他の情状についても明らかにXよりも良好な被告人や小林が執行猶予を認められないとすれば、最早、その理由は、いかなる場合も国家的法益を個人的法益よりも重しとするいわば国家主義的な発想にでも求めるしかないことになろうが、その明らかに誤りであること、甚だしく正義に反することは多言を要しないところである。

第三 結論

近時、下級審における脱税犯に対する量刑の基準、特に実刑か執行猶予かの判断基準が脱税額の多寡にのみ偏り、極めて硬直化していることについてはまことに甚だしいものがある。

その理由は、国の財政の健全化の要請により、脱税事犯の抑止を図り、かつ、国民の租税負担の公平感情にこたえるとともに、納税倫理の覚醒を促す必要があるとの刑事政策的考慮に基づくものと推測され、弁護人もそのような考慮自体を一概に排斥するものではない。

しかし、量刑に当たっての刑事政策的考慮にも自ら限度がある筈(刑事政策的考慮が過度にわたる場合には、刑事司法の行政化、政治化が危惧されよう)であって、脱税額が三、四億円を超えればほぼ例外なしに、すなわち初犯であろうとなかろうと、また、その他の個別事情にかかわりなく、相当長期の懲役の実刑を科するという現在の裁判実務の運用は、既述のとおり、他の犯罪の量刑慣行に比べ、さらに五年以下という法定刑に比しても余りにも厳し過ぎ、明らかにバランスを失し、かつ、正義にも反している。

従って、右実情は、刑事司法における問題点として、当弁護人のみならず、多くの弁護士の疑問とするところとなっているのであるが、本件脱税に対する原判決は、その典型ともいうべきもので、その不当なることは最早単なる相当性の範囲を超えて、明らかに著しく正義に反し、これを確定させることは、単に個別被告人の問題に止まらず、今後の刑事司法における量刑の在り方自体を誤らせることにもなると危惧せざるを得ない。

そこで、貴裁判所におかれては、是非とも原判決を職権により破棄され、右実情を正す趣旨の自判をしていただきたく切望する次第である。

平成五年八月二三日宣告 裁判所書記官 上坂寛

平成四年(う)第一〇九〇号

判決

本籍 千葉県館山市北条一七七二番地

住居 同市北条七三九番地の一六

会社役員

髙橋正

昭和一九年一一月二二日生

右の者に対する背任被告事件について、平成四年三月二六日千葉地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官伊藤厚出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決のうち、被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

この裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人五木田彬、同山岸憲司、同赤松幸夫連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官伊藤厚作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決の量刑が重すぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、本件は、安房信用組合の代表理事・理事長であった被告人が、同専務理事であった斉藤正史らと共謀の上、貸付金の回収が困難になることを熟知しながら、主として被告人の利益を図る目的をもって、その任務に背き、昭和六一年七月一八日ころから昭和六三年九月二〇日ころまでの約二年二か月の間に、七七回にわたって合計二二億二七六五万円余りの同組合の資金を株式会社東洋港湾に貸し付け、いずれもその回収を不能ならしめて、同組合に対して同額の財産上の損害を加えた、という事案である。被告人が本件を行った動機は、長年の間、同組合から被告人に対し、第三者名義や架空名義を使用し、本来必要とされる理事会の承認や審査会の決済を受けず、しかも、担保も十分提供しないで不正融資が続けられてきており、その額が約一三億円にものぼっていたから、もし、東洋港湾が倒産し、同組合の同社に対する不正融資が発覚した場合には、ひいては同組合の被告人に対する前記の不正融資が発覚し、被告人が同組合員や館山市民などから非難を受け、同組合理事長及び千葉県議会議員の地位を失い、更には民事、刑事の責任を追及されることを恐れたことなどにあって、なんら同情の余地がないこと、公共的性格を帯びた金融機関の理事長という重要な地位にあった被告人が本件のような融資を行ったことは、それ自体悪質であり、特に、昭和五九年一〇月に千葉県商工労働部金融課による同組合に対する定例検査が行われて、東洋港湾に対する実質的貸付合計額が同組合の貸付限度額を上回っていることや被告人に対する前記の不正融資の一部が発覚したことから、これらを早急に改善するよう要求されていたのに、その後も格別の改善策を講じることなく、本件に至っていることなども併せかんがみると、厳しく非難されなければならないこと、本件による損害は、合計二二億二七六五万円余りという巨額なものであり、千葉県等による救済策が実施されなければ、同組合が現実に倒産し、深刻な金融不安を生じかねないものであったこと、幸にも、右救済策により同組合が君津信用組合に吸収合併されることとなったとはいえ、安房信用組合を事実上倒産させてしまったものであって、結果は重大であることなどに徴すると、本件の犯情は芳しくなく、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

それ故、被告人は、本件不正融資の見返りとして、東洋港湾から何らかの形で自己の利得するものはなかったこと、被告人は、本件発覚後、すべての個人財産を担保に提供するなどし、被害弁償に努めている上に、本件の責任をとって千葉県議会議員を辞職するなど、本件を深く反省していること、また、被告人は、安房信用組合が吸収合併されるに際し、理事の職を失い、退職金の支払いも受けていないこと、これまで県議会議員として、あるいは同組合の理事長として社会的貢献をしてきていること、前科はもちろん、前歴もないこと、その他被告人のためにしん酌することができる有利な諸事情を十分考慮してみても、被告人を懲役二年六月の実刑に処した原判決の量刑は、その言渡し時点においてはやむを得ないところであって、これが重すぎて不当であるとはいえない(なお、所論は、被告人は、主として同組合の利益を図る目的を有しており、被告人自身の図利目的は副次的かつ希薄なものであった、と主張するが、記録によると、被告人らが貸付金の回収が困難になることを熟知しながら、東洋港湾に本件不正融資を続けたのは、前記のような本件の動機からであり、本件の目的が主として被告人の利益を図る目的であったことは明らかである。また、所論は、本件の実質的共犯者である東洋港湾の関係者を起訴せず、被告人のみを重く処罰することは刑事司法における公平を欠く、と主張するが、記録によると、本件の捜査、公訴提起について公平を疑わせる事実は認められない。)。

しかしながら、当審における事実取調べの結果によると、原判決言渡し後、被告人は、本件について一層反省を深め、早期に被害弁償することができるように真摯な努力を続けていること、その一環として、東洋港湾(現在の商号は、辰巳)の関係では、被告人は、同社の株式の大半を取得して同社に対する支配、監督の態勢を整え、被害弁償に向けて誠実な対応をするよう監督しており、最近では同社の営業成績が好転したこともあり、間野地区の砂採取事業から上がる利益により、平成五年七月から毎月五〇〇万円以上(ただし、平成六年八月以降は一〇〇〇万円以上)を安房信用組合の不良債権を引き受けた千葉県信用組合協会へ弁済し得る見通しが確実となり、現に平成五年七月及び八月分の合計一〇〇〇万円が支払われたこと、また、同社の安房信用組合への債務を連帯保証していた関連会社が、土砂採取に関し契約を締結した結果、既に採取権料一億円が東洋港湾の弁償分として千葉県信用組合協会に支払われ、また、月額五〇〇万円から七〇〇万円に上る採取料が以後毎月被告人個人への不正融資分の弁償分として君津信用組合にそれぞれ支払われることが確実になったこと、さらに、被告人の経営する会社についても不採算事業を立て直し、収益性の高い新規事業を起こすなど経営改善に努め、被告人個人の君津信用組合へ滞納していた金利の返済に充てられるような状況になったこと、したがって、被告人らから担保に供されている不動産もやがて経済情勢が好転すれば相当程度に評価されて売却され、それぞれの債務の弁済に充てられることとなるから、これと相まって東洋港湾及び被告人関係の債務はある程度弁済される見通しが付くに至ったことが認められる。これら事実に原判決言渡し当時認められた被告人のためにしん酌することができる前記の諸事情を併せ考慮すると、被告人を今直ちに刑務所に収容するよりも、今回に限り刑の執行を猶予し、自力による更生の機会を与えるとともに、被害弁償の努力をさせるのが相当であるというべきであるから、現時点においては原判決の量刑をそのまま維持することは明らかに正義に反するものと認められる。

よって、刑訴法三九七条二項により、原判決のうち、被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条ただし書を適用して被告事件について更に判決する。

原判決の認定した罪となるべき事実にその掲げる法令(刑の変更に伴う処理、刑種の選択を含む。)を適用し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予することとして、主文のとおり判決する。

平成五年八月二三日

東京高等裁判所第五刑事部

裁判長裁判官 岡田良雄

裁判官 阿部文洋

裁判官 毛利晴光

平成四年三月二六日宣告 裁判所書記官 髙橋孝夫

平成三年(わ)第七七二号、第八八二号、第一〇四三号

判決

本籍 千葉県館山市北条一七七二番地

住居 同市北条七三九番地の一六

会社役員

髙橋正

昭和一九年一一月二二日生

本籍及び住居 千葉県館山市船形二五二番地

会社役員

斉藤正史

昭和五年五月五日生

右両名に対する各背任被告事件について、当裁判所は、検察官富岡淳出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人髙橋正を懲役二年六月に、被告人斉藤正史を懲役二年に処する。

被告人両名に対し、未決勾留日数中各三〇日をそれぞれその刑に算入する。

被告人斉藤正史に対し、この裁判確定の日から四年間その刑の執行を猶予する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人髙橋は、昭和四四年三月大学を卒業して映画会社に入社し、各地を回って映画館経営のノウハウ等を学んだ後、昭和四六、七年ころから、養父である髙橋祐二が経営していた竹澤興業株式会社等の役員となり、同会社等の経営に従事するうち、昭和五三年六月ころ養父が死亡したため、その前後ころ、それまで養父が代表取締役をしていた右竹澤興業株式会社及び有限会社房州日日新聞社の各代表取締役に、更に養父が理事長をしていた安房信用組合の理事長にそれぞれ就任したが、安房信用組合が平成二年四月に君津信用組合に吸収合併されたことに伴い、被告人髙橋はそのころ右組合を退職した。なお、被告人髙橋は、昭和五三年七月千葉県議会議員の補欠選挙に立候補して当選し、以来連続五期同県議会議員を務めたが、平成三年一〇月二日本件によりその職を辞した。

被告人斎藤は、昭和二三年三月高校を卒業して家業の手伝いや地元の観光協会に勤務するなどした後、昭和四〇年八月ころ安房信用組合に入り、常勤理事、常務理事を経て昭和五三年六月ころ専務理事に就任したが、前記のとおり、安房信用組合が平成二年四月に君津信用組合に吸収合併されたことに伴い、被告人斎藤もそのころ右組合を退職した。

安房信用組合は、被告人髙橋の養父である前記髙橋祐二が昭和三〇年一一月一八日に設立した信用協同組合で、組合員に対する資金の貸付け、組合員のためにする手形の割引、組合員の預金等の受入れ等を業としていたものであるが、組合員に対する貸付けについては、内部規定において、純債額三〇〇万円以内の借入申込については原則として店長の専決とされ、店長の権限を越える借入申込については、理事長、専務及び常務理事並びに業務及び総務部長をもって構成される審査会によって決裁されることとされており、特に理事又はその関連会社に対する貸付については、理事会の承認を要する旨規定され、また、同一組合員に対する融資額の最高限度は、原則として安房信用組合の出資金及び準備金(法定準備金、特別積立金、その他組合員勘定に属する準備金)の合計額の一〇〇分の二〇に相当する金額とし、ただ、組合への預金積金を担保とするものに限り、その限度を越える取り扱いをすることができる旨規定されていた。

被告人髙橋は、安房信用組合の理事長に就任した昭和五三年六月ころから、千葉県議会議員選挙の運動費用や交際費等に充てるため、同組合の前記内部規定等に違反して、理事会の承認や審査会の決裁を受けず、担保も十分に提供しないで、第三者名義や架空名義を利用して、同組合から不正に融資を受けるようになったが、このことは被告人斉藤や他の常勤理事らは承知していたものの、同人らには、同組合は被告人髙橋の養父が創立したいわば髙橋家の組合といった意識があったこともあって、同人らの誰もが被告人髙橋の右不正融資を制止しようとしなかった上、非常勤理事らには右不正融資の事実が知らされていなかったことから、被告人髙橋は誰にもとがめられることなく右と同様の不正融資を受け続け、その額は次第に増加し、同組合の被告人髙橋に対する貸付金残高は、昭和五八年末には四億八四七六万九〇〇〇円にまで達していたところ、昭和五九年一〇月に、同組合の所管事務を担当する千葉県商工労働部金融課による安房信用組合に対する定例検査が実施され、右被告人髙橋に対する不正融資の一部が同課に発覚したが、その件は昭和六〇年四月八日ころ、右検査結果の示達がなされた際に、同県商工労働部次長から被告人両名に対し、口頭で早急に改善するよう要求されたにとどまり、示達書には明記されず、他の組合員等には知らされなかったこともあって、その後も被告人髙橋に対する不正融資が続けられた結果、昭和六一年六月末には、同組合の被告人髙橋に対する貸付金残高は一三億二九五七万九七三三円に達するほど増加してしまっていた。

一方、安房信用組合は、昭和五五年ころから、株式会社東洋港湾(以下「東洋港湾」と言う。)に対し、その運転資金として、東洋港湾名義のほか、同社の代表取締役堺覚一名義、同社の系列会社である株式会社三和名義及び東洋港湾の関係者石井三雄名義を使用して、同組合の内部規定で定められた前記融資限度額を実質上越える貸付けを行っていたところ、前記昭和五九年一〇月の千葉県商工労働部金融課による定例検査で、右東洋港湾に対する不正融資の一部も同課に発覚し、これを改善するよう指摘されたことから、被告人両名は同社に対する貸付金の回収に努めたものの、その返済は、昭和五八、九年ころには既に滞りがちで、延滞している利息の支払いのために新たに貸付けを行ういわゆる追い貸しをしたり、元本についても実際は返済がないのにいったん返済がなされた形にして、その分を新たに貸し出したことにするいわゆる書換を行うなどしていた状況であって、貸付金の回収が思うに任せなかった上、昭和六〇年三月、第三者の預金を担保に同社に対し三億円を貸し付けてその一部を返済に充てさせ、同社に対する貸付限度額超過の状態の解消を図ったものの、同年八月ころ、同組合の職員の過失により、その担保を失ってしまい、その後新たな担保提供のないまま、昭和六〇年末ころには、同社に対する貸付金残高が五億七六一〇万円にも達してしまったので、被告人両名は、そのころ、同社に対する貸付金の回収ができるか不安になり、今後の同社に対する貸付けについて協議したが、その時点で融資をやめても担保が不十分であることから、これまで融資してきた貸付金全額の回収は困難なので、もうしばらく貸付けを続けて、同社の経営状態を見ながらできるだけ貸付金の回収を図ろうとの結論に達した。

しかし、東洋港湾の業績は好転せず、その貸付金の回収が思うに任せないでいるうちに、同社は、昭和六一年七月一五日、同社振出の約束手形一〇六通及び小切手二通(額面総額二億七六六八万六〇二六円)について決済資金の手当ができず不渡りを出してしまい、この時点で同組合が同社に対する融資を中止すれば、同社は二度目の不渡りを出して倒産してしまうことが確実な状況にあったところ、そのころ、同組合の同社に対する貸付金残高は七億五三〇〇万円に達し、そのうち定期預金、不動産等の担保によって保全されていたのは二億円弱に過ぎなかった。

(罪となるべき事実)

被告人髙橋正は、千葉県館山市北条一八一五番地所在の前記安房信用組合の代表理事、理事長として、被告人斉藤正史は、同組合の代表理事、専務理事として、それぞれ同組合における業務全般を統括し、組合資金を貸し付けるに当たっては、関係法令及び同組合の貸付規程等の定めを順守することはもとより、貸付先の資力、信用状態等を精査し、確実十分な担保を徴して貸付金回収に万全の措置を構ずべき任務を有していたものであるが、被告人両名は、ほか数名と共謀の上、同県木更津市潮見四丁目一八番地八に本店を置き、砂販売等を目的とする前記株式会社東洋港湾に同組合の資金を貸し付けるに当たり、同社に対する同組合の既存の貸付債権の額が前記のとおり既に同社から徴していた定期預金、不動産等の担保の価額を著しく超過しており、かつ、東洋港湾は前記のとおり昭和六一年七月一五日に手形等について決済資金の手当ができず不渡りを出した上、他にも多額の負債を抱えていて返済能力もなく、他に十分な資産も有せず、貸付金の回収が困難になることを熟知していたのに、同社が倒産すると同組合の同社に対する多額の不正融資が公になり、ひいては前記千葉県商工労働部金融課や同組合の非常勤理事、組合員らなどから他にも同じような不正融資がないかと追及され、そうなれば被告人髙橋が前記のとおり同組合から多額の不正融資を受けている事実が発覚して、そのことがマスコミなどに取り上げられ、被告人両名が同組合員や館山市民などから非難を受け、被告人髙橋は同組合の理事長及び千葉県議会議員の地位を失い、更には被告人らが民事、刑事の責任を追及されるおそれがあったことなどから、そのような事態に至ることを回避するため、更に同社に対する融資を続け同社の倒産を引き伸ばして、被告人髙橋が同組合から多額の不正融資を受けている事実の発覚を防ぐという主として被告人らの利益を図る目的をもって、別紙犯罪一覧表記載のとおり、昭和六一年七月一八日ころから昭和六三年九月二〇日ころまでの間、前後七七回にわたり、右館山市北条一八一五番地所在の同組合本店において、同社に対する貸付を同社及び同社の関連会社でかつ休眠会社である前記株式会社三和の名義を使用して行うこととし、同組合本店に開設された株式会社三和名義及び株式会社東洋港湾名義の普通預金口座に合計二二億二七六五万三一九一円を振り込み入金して貸し付け、いずれもその回収を不能ならしめ、もって同組合に対して同額の財産上の損害を加えたものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一 被告人両名の当公判廷における各供述

一 被告人髙橋の検察官に対する平成三年七月九日付け、同月三一日付け、同年八月一日付け(六六丁綴りのもの)、同月三日付け、同年九月二〇日付け(三丁綴りで「前に申し上げた」で始まるもの及び八五丁綴りのもの)各供述調書

一 被告人髙橋の司法警察員に対する平成三年九月二三日付け供述調書

一 被告人斉藤の検察官に対する平成三年七月一一日付け、同年八月二日付け及び同年九月二三日付け(四丁綴りで「私は」で始まるもの、二丁綴りのもの及び四九丁綴りのもの)各供述調書

一 神田弘志(平成三年七月五日付け、同月六日付け、同年八月一五日付け及び同月二〇日付け一七丁綴りのもの)、吉田安男(平成三年七月一八日付け及び同月二〇日付け)、片山義之(平成三年七月一三日付け、同月一四日付け、同年八月五日付け及び同年九月二〇日付け五丁綴り五項のもの)、木村正輝、秋山哲雄(平成三年八月二三日付け)、牧野隆夫(平成三年七月八日付け、同月一〇日付け及び同年八月二日付け)、堺覚一(平成三年八月二日付け)、細木久慶(二通)、磯崎美佐子(平成三年六月二八日付け)、東明照(平成三年七月二七日付け、同月二八日付け、同月二九日付け及び同月三〇日付け)、白土皓祥(平成三年八月六日付け一四丁綴りのもの)、中村正憲(二通)、山田修平(平成三年七月四日付け)、小柴敏洋(平成三年七月二六日付け)、山中金治郎(二通)、宮野冨士男、橋本一郎、三枝あゆみ、芳賀沼博、近野貞夫、菅原一郎、新井栄一、臼井鐵雄、宇田吉郎、茂木敏、安田誠之助、安田金衛、平田哲平、鈴木俊一及び豊崎熊吉の検察官に対する各供述調書

一 片山義之(平成三年九月一六日付け二七丁綴りのもの)、東明照(平成三年八月二一日付け)、山田修平(二通)及び深田定雄の司法警察員に対する各供述調書

一 司法警察員作成の平成二年一二月二〇日付け(総勘定元帳兼日計表添付のもの)、平成三年一月一一日付け(担保物件一覧表添付のもの)、同年五月二二日付け、同年七月五日付け、同月二八日付け(司法警察員葉済茂男作成のもの)、同月三一日付け(九丁綴りのもの、一四丁綴りのもの二通及び一五丁綴りのもの)、同年八月五日付け(司法警察員江波戸良明作成のもの)、同月一六日付け、同月一七日付け、同年九月一二日付け(司法警察員石丸民雄作成のもの)、同月一四日付け(三七四丁綴りのもの及び一五九丁綴りのもの)、同月一九日付け(司法警察員石丸民雄作成のもの及び同猪股信克作成のもの)、同月二九日付け(七〇丁綴りのもの)及び同年一〇月八日付け各背任被疑事件裏付捜査報告書、元安房信用組合による多額背任被疑事件につき信用組合関係法令並びに右組合の業務関係規定に関する捜査報告書、安房信用組合の組織並びに役員に関する捜査報告書、担保物件の鑑定結果並びに担保余力についての捜査報告書、背任被疑事件被疑者髙橋正に係る資産状況捜査報告書、ゴルフ会員権相場裏付捜査報告書、東洋港湾の貸付金に対する返済金、利息金の実質返済等の一覧表作成報告書、竹澤興業名義の貸出金状況捜査報告書、竹澤興業株式会社名義の貸出金残高に関する捜査報告書並びに背任被疑事件に係る財務諸表作成経過報告書

一 財団法人日本不動産研究所千葉支所長外二名作成の不動産鑑定評価書九通

一 財団法人日本不動産研究所千葉支所長外一名作成の不動産鑑定評価書二通

一 社団法人東京銀行協会信用情報部長作成の捜査関係事項照会回答書

一 閉鎖登記簿及び登記簿(二通)の各謄本

判示犯行に至る経緯について

一 被告人髙橋の検察官(平成三年九月一八日付け一八九丁綴りのもの)及び司法警察員(平成三年六月二一日付け)に対する各供述調書

一 被告人斎藤の検察官(平成三年九月二二日付け六七丁綴りのもの及び同月二三日付け一二六丁綴りのもの)及び司法警察員に対する各供述調書

一 越川弥の検察官に対する供述調書

一 司法警察員作成の捜査関係事項照会書(謄本)

一 千葉県議会事務局長作成の捜査関係事項照会回答書

判示罪となるべき事実について

一 被告人髙橋の検察官に対する平成三年七月一〇日付け、同月一一日付け、同年九月一四日付け、同月一五日付け、同月一六日付け(二丁綴りのもの及び六六丁綴りのもの)、同月一八日付け(四丁綴りのもの)及び同月二〇日付け(二丁綴りのもの、四丁綴りで別紙融資表添付のもの、六丁綴りのもの及び四丁綴りで「私は」で始まるもの)各供述調書

一 被告人斉藤の検察官に対する平成三年七月一二日付け、同年八月三日付け(二通)、同年九月一八日付け、同月二〇日付け、同月二一日付け、同月二二日付け(二丁綴りのもの及び九五丁綴りのもの)及び同月二三日付け(四丁綴りで「東洋が」で始まるもの及び四丁綴りで「昭和六三年一一月」で始まるもの)各供述調書

一 神田弘志(平成三年七月七日付け、同年八月二〇日付け三丁綴りのもの及び同日付け二一丁綴りのもの)、片山義之(平成三年七月一五日付け、同年八月一日付け、同月三日付け五丁綴りのもの、同日付け八丁綴りのもの、同日付け六一丁綴りのもの、同月一九日付け一一丁綴りのもの、同年九月二〇日付け二丁綴りのもの及び同月二一日付け二丁綴り三項のもの)、牧野隆夫(平成三年七月一一日付け及び同年九月三日付け)、磯崎美佐子(平成三年八月一九日付け及び同月二六日付け)、東明照(平成三年七月三一日付け及び同年八月一日付け三通)、白土皓祥(平成三年七月一六日付け、同年八月五日付け、同月六日付け二五丁綴りのもの、同日付け八丁綴りのもの及び同月七日付け)、髙山明徳(平成三年六月二五日付け一三二丁綴りのもの及び同年七月二五日付け)、小柴敏洋(平成三年八月三一日付け)、宮崎忠夫(平成三年七月五日付け二通、同年八月一三日付け及び同月一九日付け)及び葉山龍次郎の検察官に対する各供述調書

一 司法警察員作成の平成二年一二月二〇日付け(昭和六一年七月一八日分融資表添付のもの、同月一九日分融資表添付のもの及び同月二五日分融資表添付のもの)、平成三年一月一〇日付け(二通)、同月一一日付け(昭和六一年八月一日分融資表添付のもの、同月四日分融資表添付のもの及び同月一一日分融資表添付のもの)、同月一二日付け(四通)、同年二月二七日付け(三通)、同年三月一日付け、同月四日付け(四通)、同月五日付け(昭和六一年九月二五日分融資表添付のもの)、同月六日付け(五通)、同月七日付け(二通)、同月八日付け(三通)、同月一〇日付け、同月一一日付け(八通)、同月一二日付け(五通)、同月二五日付け、同月二七日付け、同年四月三日付け、同月三〇日付け(三通)、同年五月三日付け、同月四日付け(二通)、同月六日付け、同月一〇日付け、同年七月七日付け、同月八日付け(三通)、同月一〇日付け(二通)、同月一一日付け、同月二七日付け(八通)、同月二八日付け(司法警察員石丸民雄作成のもの一二通)、同月二九日付け(八通)、同月三〇日付け(五通)、同年八月三日付け(昭和六一年一〇月一五日分融資表添付のもの、同月二〇日分融資表添付のもの、同月二四日分融資表添付のもの、同月二五日分融資表添付のもの、同月二八日分融資表添付のもの、同月三一日分融資表添付のもの及び昭和六二年一月二〇日分融資表添付のもの)、同月四日付け(九通)、同月五日付け(司法警察員石丸民雄作成のもの二通)、同月六日付け(三通)、同月八日付け(二通)、同月一二日付け(二通)、同月一三日付け(昭和六二年二月二〇日分融資表添付のもの)、同月二〇日付け(一〇通)、同月二三日付け(八通)、同月二五日付け(四通)、同月二六日付け、同月二七日付け(三通)及び同月二八日付け(七通)各背任被疑事件裏付捜査報告書

(法令の適用)

被告人両名の判示所為はそれぞれ包括して行為時においては刑法六〇条、平成三年法律第三一号による改正前の刑法二四七条、同罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては刑法六〇条、右改正後の刑法二四七条に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があった時にあたるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、それぞれ所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人髙橋を懲役二年六月に、被告人斉藤を懲役二年に処し、被告人両名に対し、同法二一条を適用して未決勾留日数中各三〇日をそれぞれその刑に算入し、被告人斎藤に対し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間その刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、判示のとおり、安房信用組合の代表理事であった被告人両名が、貸付金の回収が困難になることを熟知しながら、主として被告人らの利益を図る目的をもって、その任務に背き、判示のとおり七七回にわたって合計二二億円余りの同組合の資金を東洋港湾に貸し付け、よってその回収を不能ならしめ、同額の損害を同組合に加えたという事案であるが、その動機は、被告人髙橋に対する第三者名義や架空名義を使用した不正融資が発覚し、それによって被告人両名の責任を追及されることになるのを恐れたことなどであって、なんら酌量の余地がないばかりか、公共的性格を帯びた金融機関の理事長と専務理事という重要な地位にあった被告人両名が、その任務に背き本件のような不正融資を行うことは、金融機関に対する社会一般の信頼を害するものであって、それ自体厳しい非難に値する上、本件による損害が合計二二億円余りという巨額なものであって、本件犯行によって同組合の存立を不可能とし、他の信用組合に吸収合併されるという形で事実上倒産させてしまった結果が重大であることはもとより、千葉県等による救済策が実施されなければ、同組合が現実に倒産し、深刻な金融不安が惹起されかねなかったものであって、これらを合わせ考えれば被告人両名の刑事責任は重いと言わざるを得ず、特に被告人髙橋においては、同組合の理事長という地位を利用し、自分自身同組合から多額の不正融資を受けていたものであって、本件犯行の主たる動機、目的が右被告人髙橋自身の不正融資の発覚を防ぐことにあったこと、被告人髙橋は被告人斉藤の上司という立場にあったことなどを考慮すれば、被告人髙橋の刑事責任は、被告人斉藤のそれよりも重いと言わざるを得ない。

他方、被告人両名は本件犯行発覚後、すべての個人資産を担保提供するなど、被害の弁償に努めていること、安房信用組合が吸収合併されるに際しその理事としての職を失い、退職金等の支払いも受けないなど、それなりの社会的制裁を受けていること、更に、被告人髙橋においては、千葉県議会議員を辞職するなど反省の情が顕著であり、これまで前科前歴もなく、県議会議員として公職にあり、公共的社会的貢献をしてきたこと、また、被告人斉藤においては、本件に加担した主たる動機が被告人髙橋の養父に恩義を感じ、被告人髙橋の保身に協力したことにあり、被告人斉藤自身の保身を図る目的は副次的であったこと、これまで前科前歴もなくまじめな社会生活を送ってきたものであり、反省の情も顕著である上、高齢であることなど、被告人両名に有利なあるいは同情すべき事情も認められる。そこで、これら被告人両名にとって有利、不利一切の事情を総合考慮し、主文掲記の刑を科すこととした。

よって主文のとおり判決する。

平成四年三月二六日

千葉地方裁判所刑事第二部

裁判長裁判官 松本昭徳

裁判官 土屋哲夫

裁判官 新谷晋司

別紙 犯罪一覧表

<省略>

<省略>

<省略>

合計 二二億二七六五万三一九一円

論告要旨

背任 被告人 髙橋正

〃 〃 斉藤正史

第一 はじめに

本件各公訴事実については、被告人両名ともにこれを全面的に認めており、取調べ済みの関係各証拠によって、いずれもその証明が十分であると確信するが、本件は事案複雑でもあり、かつ、弁護人・被告人も量刑に影響する事実関係について弁解をしているので、以下、関係証拠に基づき、まず、量刑に影響を及ぼす事実関係について意見を述べ、次いで情状に関する意見を述べることとする。

第二 事実関係

一 本件犯行にいたる経緯は、左記のとおりであった。

1 安房信用組合は、中小企業等協同組合法第三三条、第三四条に基づいて昭和三〇年一一月一八日に設立され(甲一)、組合員の経済活動を促進し、かつ、その経済的地位の向上を図るため地区内の中小規模の事業者、勤労者その他の者の協同組織により、組合員に必要な金融事業を行うことを目的とし、組合員に対する資金の貸付け、組合員のためにする手形の割引、組合員の預金又は定期積金の受入れなどを事業として行い、その事業地区を千葉県のうち館山市、安房郡鋸南町、富山町、富浦町、白浜町、千倉町、丸山町、三芳村とする信用協同組合である(甲二)。

同組合の代表理事・理事長は、昭和五三年ころから、被告人髙橋であり、そのころから、同斉藤が同組合の代表理事・専務理事をつとめていたが(甲一及び三)、被告人髙橋が安房信用組合の経営を引き継いだ昭和五三年当時、同組合は千葉県下に一二あった信用組合の内で一一番目にランクされる小規模な金融機関であったところ、コンピューター導入などのため資金が必要なことから、被告人髙橋らは、昭和五七年暮れに鋸南支店を開設する等して営業拡大方針を取った(甲一)。

その結果、その組合員数は、昭和五六年末で二、一四五人(甲三〇九資料<1>の1の<37>)であったのが平成元年七月三一日には二、八五九人(甲三〇九資料<10>の1の<1>)に増加し、その預金積金の残高は、昭和五六年末で三三億五、一九四万四、〇〇〇円(甲三〇九資料<1>の1の<18>)であったのが昭和六三年一一月八日には一〇〇億六、二八七万一、〇〇〇円(甲三〇九資料<7>の1の<10>)となり、貸付残高も、昭和五六年末で二八億三、四一二万円(甲三〇九資料<1>の1の<11>)であったのが昭和六三年一一月末には九五億四、二七〇万八、五五五円に増加していた(甲六)。

2 安房信用組合においては、融資に関する規定として、「貸付規程」、「融資権限規程」、「審査規程」を設けていた(甲二)。

「貸付規程」第三条では、「組合員に貸付をするにあたっては、常に慎重なる調査をして、確実に回収が見込まれる場合にのみ融資するものである。」とし、貸付の限度額については、大蔵省銀行局基本通達を受け、「貸付規程」第一五条において、「同一組合員に対して行う手形・証書貸付、当座貸越及び割引手形金額の最高限度は、これらを合わせて当組合の出資金及び準備金(法定準備金、特別積立金、その他組合員勘定に属する準備金)の合計額の一〇〇分の二〇に相当する金額である。ただし、組合への預金積金を担保とするものに限り、限度を越える取扱をすることができる。」と規定し、融資権限については、「融資権限規程」第三条において、三〇〇万円以内の借入申込みについては原則として店長の専決とされ、店長の権限を越える借入申込みについては審査会議を最高決裁機関とする旨規定し、第六条において「審査会は、理事長及び専務・常務理事と業務部長・総務部長をもって構成し、必要に応じ次長、代理、係長は説明員として会議に列席し、説明、意見を述べるものとする。審査会は原則として随時開催する。」旨規定し、また理事並びにその関連会社に対する貸付については、「審査規程」第九条により、理事会の承認を要するとしていた。

3 本件融資先である株式会社東洋港湾(以下、「東洋港湾」と言う)は、昭和四五年一二月(甲一四四)、堺覺一によって設立され、当初は港湾荷役を業としていたが、その後、山砂の仕入販売を主たる業務とするようになった(甲一四八、一五四乃至一五七)。

東洋港湾は、昭和五四~五年ころまでは、当時建設中であった東京ディズニーランドの用地埋め立て工事のための山砂を受注するなどして、業績を上げていたが、その後、業績が悪化し、同社の決算報告書によると、昭和六〇年三月期の売上高は一九億八、六八一万三、六六一円にまで落ち込み、また、多額の不渡り手形をつかまされて、手形のジャンプ、融通手形の利用、高利貸しなどからの借入などによって、ようやく資金繰りをする状態に陥っていた(甲一四八、一五〇乃至一五九、甲二六八資料<1>)。

株式会社三和(以下、「三和」と言う)は、昭和五二年四月に設立され(甲一四五)、山砂採掘・販売、土木などを業としていたが、資金繰りが悪化したため、昭和五四年ころ、東洋港湾の系列下に入り、東洋港湾の取締役である東明照が三和の代表取締役に就任した(甲一五〇、一五六、一五七)。

三和は、君津市寺沢地区所在の山の採掘権を取得していたが、その採掘が地元民の反対などで進展せず、山砂採掘販売の仕事がなくなり、また、土木工事では利益が上がらず、昭和六一年一月市原市から発注された姉崎県道・市道舗装工事を最後に営業をやめ、実質的に休眠状態に陥っていた(甲一五〇、一五六乃至一五九、一六四、二八四乃至二八八)。

4 堺覺一は、昭和五五年四月から本人名義で、同五六年七月から東洋港湾名義で、同五八年一月から三和名義で、同年五月から東洋港湾取締役石井三雄名義で、それぞれ安房信用組合から融資を受け、東洋港湾の資金繰りにあてていたが、昭和五八~九年ころから、利息支払いや元本返済の延滞をせざるを得なくなった(甲四、四四乃至四六、五七、六二、六三、一四八、一五〇)。

また、東洋港湾は、昭和五九年一〇月以降は安房信用組合に対し不動産担保を提供しておらず、新たに担保を提供しうる不動産等の資産は皆無の状態であった(甲一〇)。

そのため、被告人髙橋らはそのころから、新たに東洋港湾に対する貸付を実行して、その貸付金を東洋港湾が延滞している利息の支払いに充てるいわゆる追い貸しをしたり、元本についても新たに実行する貸付金により返済させた形をとるいわゆる書替を行っていた(甲四四乃至四六)。

安房信用組合による前記堺覺一名義、東洋港湾名義、三和名義、石井三雄名義を使った東洋港湾に対する貸付(以下、「東洋港湾グループに対する貸付」と言う)の残高は、

昭和五六年末 一億二〇〇万円

昭和五七年末 一億一、八八四万五、〇〇〇円

昭和五八年末 一億五、七五〇万円

昭和五九年末 一億九、三八〇万円

昭和六〇年末 五億七、六一〇万円

と累増していった(甲四)。

5 「協同組合による金融事業に関する法律」第七条により、当該都道府県の区域内のみを事業区域とする信用協同組合については当該都道府県知事の所管とされており(甲二)、安房信用組合に対しては千葉県知事がその所管をし、その事務は千葉県商工労働部金融課(以下「県金融課」と言う)が担当している(甲三〇八)ところ、県金融課は、昭和五九年一〇月一二日を検査基準日として、安房信用組合に対して、定例検査を実施し、東洋港湾グループに対する貸付金のうち三和名義と石井三雄名義のものが実質的に東洋港湾に対する貸付であることには気付かなかったものの、東洋港湾名義のものと堺覺一名義のものは実質的に東洋港湾に対する貸付であることを発見し、その東洋港湾名義と堺覺一名義の貸付合計額が貸付限度額を上回っていたことから、検査結果をまとめた示達書により、早急に改善するよう指摘した(甲三〇九、三一〇)。

被告人髙橋らは、堺から知人が経営する龍伸興業株式会社(以下「龍伸興業」と言う)が三億円を安房信用組合に預金して担保に提供するので、この預金を担保に東洋港湾に対し三億円の貸付をしてもらいたい旨の申し入れを受けて、昭和六〇年三月三〇日、その貸付を実行した上、その貸付金をそれまでの東洋港湾グループに対する貸付金の返済に充てて貸付限度額を越えた貸付の状態を一旦解消した上、同年六月ころ、県金融課に対し、その東洋港湾に対する貸付限度額を超過した貸付の状態を改善した旨報告した(乙六添付資料)。

ところが、龍伸興業は三億円を通知預金したものの、その後の同年八月末ころ、通知預金を定期預金に預け換えた際、安房信用組合の職員が、新たな担保差入書を徴しないまま、安易にその預金証書を龍伸興業側に渡してしまったため、この三億円の東洋港湾に対する貸付が無担保の貸付となって貸付限度額をはるかに超過してしまった(甲四四、五九)上、県金融課に対する前記報告も結果的に虚偽の内容になってしまった。

6 一方、被告人髙橋正は、昭和五三年ころから、被告人斉藤正史らと相い謀って、担保を十分に提供しないまま本人名義のほか、第三者名義や架空名義を使った貸付により、理事会の承認をえないで安房信用組合から多額の資金を引き出し(甲五、三〇乃至三五)、それを選挙資金や県議会議員としての体面を保つための交際費、不動産取引の費用、竹澤興業など関連会社の運転資金、馴染みの芸者への手当(昭和五七年一一月ころに〔甲四二〕着物代として五〇〇万円、同五八年一一月ころに飲食店開業費用として五〇〇万円、同六一年ころ、車購入費用として一二〇万円、その他小遣い月平均四~五〇万円、これまでの小遣いの合計三、〇〇〇万円位〔甲四一〕、総合計で四、〇〇〇万円位〔乙六〕)などに当てていた。

特に、昭和五三年の県議会議員の補欠選挙及び同五四年の統一地方選挙では、二回の選挙をあわせると数億円の金がかかった。この点、被告人髙橋は、当公判廷において、補欠選挙のときが三、〇〇〇万円くらい、昭和五四年の統一地方選挙のときが五、〇〇〇万円くらいと供述しているが、捜査段階では、「補欠選挙と五四年の統一地方選挙の際に、安房信から九、〇〇〇万円位を借りて選挙資金につぎ込みました。これは、私の記憶ですので、あるいは、一億を超える借入を安房信からして選挙資金として使っていたかも知れません。」と供述しており(乙二)、被告人斉藤が、補欠選挙の際には数千万円位、統一地方選挙の際には一億数千万円位の安房信の金を選挙資金として使ったと記憶している(乙三六)ことからすると、少なくとも選挙資金の金額については、被告人斉藤の供述の方が信用できると思料される。そして、このことは、木村正輝が、髙橋正の秘書を務めていた期間の中で選挙資金が多額に及んだのは、昭和五三年七月か八月ころの補欠選挙と昭和五四年四月の統一地方選挙で、この二回の選挙を合わせると合計三~四億円の金がかかったと述べていること(甲三七)や、昭和五四年四月の統一地方選挙の際には、双方の陣営から、当時としても、二~三億円の金が乱れ飛んだといううわさがあった(甲三〇)ことによって、さらに補強されている。

また、館山市においては県議会議員が一名ということで、会合や行事があるといろいろと金を包む必要がでてき、また、冠婚葬祭などの出費も多額にのぼり、事務所の維持費を含めると月三〇〇万円から四〇〇万円くらいの金が必要であった(甲三七)ことから、資金の入手先として、安房信用組合を利用することになった。

なお、被告人髙橋らは、安房信用組合から資金を引き出すに際し、その融資のうちの一部については実際は預金が担保となっていないのに預金担保扱いを取らせて貸付利率を本来の利率よりも低くさせていた(甲三四及び三五)。

こうして被告人髙橋個人に対する融資金残高は、

昭和五三年末 五、七九二万円

昭和五四年末 二億一二七万六、〇〇〇円

昭和五五年末 三億二、〇二九万八、〇〇〇円

昭和五六年末 三億四、二四四万二、〇〇〇円

昭和五七年末 二億九、一七六万円

昭和五八年末 四億八、四七六万九、〇〇〇円

昭和五九年末 六億三五一万六、〇〇〇円

という具合に次第に増加していった(甲五)。

県金融課は前記の昭和五九年一〇月一二日を検査基準日とする検査の際、被告人髙橋が使ったと目される二六の第三者名義や架空名義を使った貸出(名義分割分)が合計二九件、三億六、三五八万円あり、そのほとんどが担保不足であり、担保の不足額は三億六〇九万二、〇〇〇円にのぼり、禀議書や金銭消費貸借契約書のないものが数件あるのを発見し、また、被告人髙橋及び同人が関係する法人等に対する貸出が二億九、九九六万九、七二〇円に達し、これらについても一億一、七九〇万円の担保不足であることを発見した(甲三〇九〔特に資料<2>〕、三一〇)。

当時の一組合員に対する貸付限度額は四、六一〇万八、二〇八円であり(甲八)県金融課が発見した名義分割分だけでも貸付限度額を約三億二、〇〇〇万円も超過していた上、実際には、当時の被告人髙橋に対する融資残高は、五億六、四二九万一、〇〇〇円にのぼってしまっていた(甲五)。

なお、昭和五九年の検査時に発覚した三億六、三五八万円の名義分割分に関し、弁護人は、被告人斉藤に対して、三億六、〇〇〇万円ぐらいの貸付については、髙橋正個人だけではなく、会社関係を含めた理事長個人関係の貸付だという前提に立って被告人質問されているが、三億六、三五八万円の中に含まれる竹澤興業などの会社名義の貸付は、いずれも被告人髙橋関係で使途された金であって(甲五)、名義人である会社のために使途された金ではなかった。なお、竹澤興業に対する貸付金のうち、被告人髙橋の用途のために使途されたものと、竹澤興業自身の用途のために使途されたものとの区別については、甲三六二及び三六三参照。

県金融課は、昭和六〇年四月八日ころ、被告人髙橋や同斉藤に検査結果の示達をした際に、前記三億六、三五八万円の貸出について早急に改善するよう内々に申し入れ、被告人髙橋らは早急に改善する旨約束した(甲三〇九)。

しかし、被告人髙橋が経営する竹澤興業等の関連会社の業績が上がらず、返済に充当するため手を出した不動産取引で失敗する等したほか、被告人髙橋が芸妓を含めた数人の女性に金を貢ぐ等した結果、さらに借金がかさむという悪循環に陥り、改善されるどころか、逆に被告人髙橋に対する融資金の残高は、昭和六一年六月末に一三億二、九五七万九、七三三円に達してしまっており(甲五)、まさに被告人髙橋が安房信用組合を私物化し金庫代わりに使ってしまっている状態であった。

なお、昭和六〇年四月八日ころ、当時の千葉県商工労働部次長が、被告人髙橋個人に対する不正融資について被告人髙橋らに注意をした際、内々に、口頭で注意がなされただけであって、示達書(甲三〇九資料<3>)には記載されなかったので、被告人髙橋や同斉藤以外の者には、被告人髙橋個人に対する不正融資の件が簡単には分からない状態であった。

7 なお、被告人髙橋関係の不正融資について、弁護人は、被告人髙橋の個人資産及び同人経営にかかる株式会社竹澤興業の資産が融資金の引当になっており、実質的な担保となっていたとの主張をし、被告人両名も当公判廷において、それにそう供述をしているが、資産の評価額と実際に処分する際の価格とが異なることは当然であるし、資産を処分すれば、その後、被告人髙橋個人の政治活動なり事業経営に支障をきたすおそれが十分にあったために、これまで処分できなかったし、現在もうまく処分できず、返済が思うとおりに進んでいないのであって、現在、納税についてすら滞納している状態である(乙三二)ことからすれば、被告人髙橋の個人資産や竹澤興業の資産が実質的な担保となっていたとは、とうてい解せられない。

この点被告人斉藤は、当公判廷において、竹澤興業所有の土地等を売却すると、ビルの賃貸料、駐車場の駐車料金といった月々の固定した収入はなくなるが、それ以外の業務として不動産や保険の仕事があるので、会社の業務に携わるものの努力次第で経営は必ずしもやっていけないというようなことは言えないと供述しているが、これを逆に言えば、竹澤興業の経営が相当苦しくなるということであって、それ故に、竹澤興業の資産の処分がこれまでためらわれてきたものと認められる。

二 本件共同犯行状況は、左記のとおりであった。

1 東洋港湾は、昭和六一年七月一五日、第一相互銀行からの融資を得られず、資金不足のため、約束手形一〇八通(額面総額二億七、六六八万六、〇二六円)につき不渡りを出した(甲一四六乃至一四八、一五〇、一五八)。

その当時の安房信用組合の東洋港湾グループに対する貸付残高は、七億五、三〇〇万円に達しており(甲四)、担保に供されていた不動産に対する不動産鑑定の結果によると(甲一一乃至二二)、昭和六一年六月三〇日時点での評価額の合計は、二億一、五二四万九、〇〇〇円に過ぎず、しかも他の金融機関が先順位の担保物件を設定している物件が多いために(甲一〇)、安房信用組合の貸付金の実際の担保保全力は七、〇〇〇万円程度であり、東洋港湾関係者の安房信用組合に対する定期預金の合計金額は、昭和六一年六月三〇日の時点で、一億六二五万二、五三〇円であったことから(甲九)、担保不足の貸付金は約五億円にのぼっていた。

また、安房信用組合の総勘定元帳兼日計表によると、昭和六一年七月一一日から二六日までの間の貸付限度額は五、四七七万八、五八四円であり(甲八)、東洋港湾グループに対する貸付は、貸付限度額を約六億円超過している状態であった。

2 東洋港湾が昭和六一年七月一五日に一回目の不渡りを出したことから、堺覺一、東明照らは、同月一六日に安房信用組合本店を訪れ、さらに同組合から融資を受けたい旨要請した(甲四六、六〇、六四、一四八、一五八)。

被告人髙橋と同斉藤の両名は、翌一七日に、理事長室で話し合いをした結果、<1>東洋港湾が二回目の不渡りを出して倒産すると、少なくとも五億円位の焦げつきが発生するのに、安房信用組合の貸倒引当金は千数百万円しか計上されていないので到底償却できず多額の償却不能な貸付金が発生してしまうところ、安房信用組合のような小規模な金融機関にとっては大問題であること、<2>東洋港湾が倒産してしまうと、安房信用組合が、これまで大蔵省の通達や自らの貸付規程などに違反し、担保もとらずに貸付限度額をはるかに超過した貸付を名義分割により行っていたことや、職員のミスで三億円もの預金担保がなくなってしまい、それが原因で多額の焦げつきを発生させてしまったことが明るみに出て、自らの責任を追及されるおそれがあること、<3>東洋港湾に対する不正融資について、これまで安房信用組合の理事会に報告していなかったところ、東洋港湾の倒産によって非常勤理事らが東洋港湾に対するこれまでの不正融資の実態を知り、被告人両名らの責任を追及するばかりでなく、他にも同じような不正融資がないかと追及してきて、その過程で被告人髙橋個人に対する不正融資を見つけられてしまうおそれがあること、<4>東洋港湾の倒産によって、安房信用組合に多額の焦げつきが発生すると、安房信用組合が混乱に陥り、その中で組合員や職員、さらにはマスコミなどに被告人髙橋に対する不正融資の件を気付かれてしまうおそれがあること、<5>昭和五九年の県金融課による検査の際、東洋港湾に対し貸付限度額を越えた貸付を行っていることを指摘されていたのに、それが改善されるどころか逆に多額の焦げつきを発生させたということで、その顛末について報告を求められ、さらに検査を実施されて、東洋港湾に対する不正融資の件ばかりでなく、被告人髙橋個人に対する不正融資がますます増えてしまっていることが発見され、前回の検査では口頭注意で済ませてくれたものの、今度はそれだけではすまなくなって、被告人髙橋自身はもちろん不正融資に関与していた被告人斉藤らの刑事責任が追及されるおそれがあること、<6>特に被告人髙橋は、自分個人の選挙資金・政治的交際費や女性等のために多額の不正融資を受け、それが未整理のままになっていたが、このことが発覚すると、民事責任や刑事責任を追及されるばかりか、安房信用組合理事長の地位を追われるとともに、政治生命を失って県議会議員の地位を失い、被告人髙橋が経営している会社やその関連会社も信用不安を起こして倒産するおそれがあることなどから、東洋港湾の資産状態が劣悪で、従来から資金繰りに窮しており、これまでの安房信用組合からの貸付についても利息の支払いすら延滞している状態である上、売上もさほど伸びておらず、不渡りの発生後、貸付を実行しても確実に回収できる見込みはないことは承知していながら、貸付を続けていかざるを得ないと決意した(乙二乃至四、六、三八)。

その際、被告人斉藤は、「東洋港湾に融資をしなければ倒産して五億円もの焦げつきができてしまう。大問題になって組合員が騒いだりして、理事長自身の問題にも発展しかねませんよ。」と被告人髙橋にアドバイスし、被告人髙橋が「融資を続けざるを得ないでしょう。」と言ったところ、被告人斉藤もこれを了解した。この点について、被告人斉藤は、当公判廷において、「理事長が個人借りがあるからといって、それを楯にとって、融資の会話に持ち込むということは、あるべき筋でもないし、また、我々は職員から上がった専務ですし、理事長の方は、二代にわたって創立からの理事長ですし、そういった表現の話ができるはずがない」などと言って、「脅迫的な意味合い」の言動をしたことを否定しているが、被告人斉藤が、被告人髙橋に申し向けたのは、脅迫ではなくアドバイスであって、被告人斉藤自身、捜査段階においては、被告人髙橋に「……理事長自身の問題にも発展しかねませんよ。」と言って東洋港湾に対する貸付を続けるよう勧めたことを認めていたところであるし(乙三八)、また、このエピソードは、乙四号証と乙三八号証との作成日付からもあきらかなように、被告人髙橋から先に話が出たエピソードであって、同人が、「私は、斉藤専務は堅い人間だと思っていましたので、不渡りを出した東洋港湾に対する貸付をすることに反対してくるだろうと思っていたのです。ところが斉藤専務がそのように東洋港湾に対する貸付を続けた方がよいという意味のことを言ってくれましたので、もっけの幸いだと思いました。斉藤専務が言った理事長自身の問題というのは、私個人の多額の不正融資のことであり、斉藤専務も東洋港湾の倒産によって、それが表沙汰になることをおそれて、そのように言ってくれたものと思いました。そこで私は、斉藤専務に『融資を続けざるを得ないでしょう。』というように言ったところ、斉藤専務はそれを了解してくれました(乙四)。」と供述しているところからすると、被告人斉藤の当公判廷における弁解は、自己の刑事責任を軽からしめんがための弁解としか認められない。

なお、貸付名義については、不渡りを出した東洋港湾名義を使うことは対外的に芳しくないと判断して東洋港湾の関連会社で休眠状態にある(甲一六四)三和名義を使うこととされた。

3 本件融資実行に関しては、大体、毎月一回程度、東洋港湾の東と白土が安房信用組合を訪れて、被告人髙橋、同斉藤らに収支・決済の一覧表を示して融資を申込み貸付実行についての承諾を得、個々個別的な貸付に際しては、安房信用組合で貸付業務を担当していた片山本店次長と東洋港湾の白土との間で話が進められ、貸付の種別、返済期間や金利など細部については、片山次長が決定して起訴状記載のとおり貸付を実行していた(甲四六乃至五六、一五八、一六〇乃至一六三、一六七乃至一七二)。

返済期間については、不渡り発生後の東洋港湾に対する貸付については、確実に回収できる見込みがなく、一部を回収できるとしても実際にいつできるのか具体的な見込みが全くたたないため、返済期間を定めない場合がほとんどであった(甲四七、四八、五一)。

なお、昭和六一年八月一九日に、東洋港湾の東明照らが、菅原一郎を同行して融資を依頼してきた後の状況について、被告人両名は、当公判廷において、片山義之が菅原一郎との間で抵当権設定契約書を取り交わしたという趣旨の供述をしているが、片山義之(甲四六)、牧野隆夫(甲六〇)、神田弘志(甲六四)、東明照(甲一五九)、白土皓祥(甲一六七)それに菅原一郎(甲二五五)の供述と矛盾するばかりか、被告人両名の捜査段階における供述(乙五及び三八)とも矛盾していて、到底信用できない。

4 東洋港湾の負債は、

昭和六一年三月末 三〇億六六八万四、三六〇円

同六二年三月末 四四億五、八八〇万二、三六一円

同六三年三月末 五六億七、三七六万九、三九九円

平成元年三月末 六四億七、三六〇万一一四円

同二年三月末 六八億一、一四八万三、八五六円

同三年三月末 七一億二、七二五万二、一〇六円

と増加の一途をたどり、欠損金額も

昭和六一年三月末 七億二五〇万九、九六七円

同六二年三月末 二九億一、八四五万七、三四三円

同六三年三月末 三八億三、〇七八万七、〇九八円

平成元年三月末 三六億七、六四六万四、〇一九円

同二年三月末 四四億七、九八七万五、九三六円

同三年三月末 四六億四、一八七万九、四二五円

と増加している一方、売上は伸びておらず、到底その累積欠損を解消しえない状態であった(甲二七二)。

5 安房信用組合以外の金融機関が、東洋港湾に対して、どのように対処していたかを見ていくと、次のとおりであった。

(1) 第一相互銀行では、東洋港湾が第一回目の不渡りを出す二か月前である昭和六一年五月一五日に、六、五〇〇万円を東洋港湾に融資した際、今後の融資方針について、資金使途・返済資源調書(甲二五九添付書類)の中で「保全面懸念あるが今回有限会社丸二建材、細木久慶氏の包括保証を追加、本件手貸は今回のみとし、証貸の返済促進を図り、商手についても振出人厳選の上当面三億円程度へ縮小方針である。」としており、東洋港湾が不渡りを出したのちは、振出人の信用度が高い優良銘柄についてのみ手形割引に応じる状態であった(甲二五九乃至二六一)。

(2) 横浜に本店のある金港信用組合においては、手形交換所を異にすることから、東洋港湾が不渡りを出した事実を最近まで知らなかったが、証書貸付については昭和六一年五月一五日の六、五〇〇万円を最後に新たな貸付はなく、手形割引についても昭和六二年二月以降は取り止めていた(甲二六三)。

(3) 千葉相互銀行では、東洋港湾との間で、主に手形割引をしていたが、東洋港湾が不渡りを出したのちには、振出人の信用度が高い優良銘柄についてのみ手形割引に応じる状態であった(甲二六四)。

(4) 君津信用組合では、東洋港湾が不渡りを出す前から、新たな貸付をせず、手形割引についても、振出人の信用度が高い優良手形についてのみ手形割引に応じていた(甲二六五)。

(5) (1)から(4)以外の安房信用組合以外の金融機関においても、東洋港湾が不渡りを出したあと、新たな貸付をするものはなかった(甲二六六)。

三 犯行後の状況は、左記のとおりである。

昭和六三年九月二〇日には、東洋港湾グループに対する貸付金の残高は三五億円余りに達し(甲四)、多額の未収利息も発生していた(甲三〇三乃至三〇七)ほか、被告人髙橋に対する不正融資の残高も約一五億円にのぼっていた(甲五)。

そこで、被告人髙橋は昭和六三年九月末ころ、片山本店次長に指示して、竹澤興業名義で安房信用組合に預金していた九億円(その性質については、乙三三参照)を担保に竹澤興業名義で安房信用組合から九億円の融資を受け、そのうち五億円を東洋港湾グループに対する貸付の返済に、残りの四億円を自己の不正融資分の返済にあてた(甲三五六、三六一)が、それでも同月末時点における安房信用組合の貸付金の残高合計が九四億七、五〇九万六、一四四円であったところ、東洋港湾グループに対する貸付金の残高は三三億六、二〇〇万円で貸付残高合計の三五・四八パーセントを占めており、また、被告人髙橋に対する不正融資の残高は一五億二二〇九万六〇〇〇円で貸付残高合計の一六・〇六パーセントを占めるまでになっていた(甲六)。

県金融課は、昭和六三年一一月八日を検査基準日として、安房信用組合に対し定例検査を実施し、前記のような回収不能の多額の不良貸付があり、決算上は黒字を出しているものの、それは前記のような追貸によって、本来ない利息収入をあったかのように粉飾した決算を行っていたためであり、実際は赤字で何時倒産してもおかしくない状態であってその経営は実質的に破綻状態にあり再建は到底不可能な状態にあることを発見し(甲三〇九、三一二乃至三二〇)、その解決策を検討した。県金融課は、事業譲渡による組合解散や破産による解散などの方策も検討したものの、取り付け騒ぎによって金融混乱が生じるおそれがあり、信用組合業界全体の信用失墜にも繋がりかねないと判断したことから、不良貸付中三二億二〇〇万円について、千葉県信用組合協会に債権譲渡させた上、平成二年四月、安房信用組合を君津信用組合に吸収合併させた。千葉県信用組合協会が前記不良貸付にかかる債権を買い取るために必要な資金は、全国信用組合連合会から借り入れ、その償還については、千葉県、県内四信用組合、全国信用組合連合会及び千葉銀行がそれぞれ二〇億円ずつの支援金を拠出し、その運用益で捻出することとされた(甲三二一乃至三三九)。

四 本件背任事件における図利加害目的は、主として、被告人髙橋らの利益を図らんとしたところに認められる。

すなわち、被告人両名は、被告人髙橋に対する一時的には約一五億円にものぼった第三者名義や架空名義を使用した不正融資が、本来必要とされる理事会にもかけられずに、しかも預金が担保となっていないのに預金担保の取り扱いをして貸付利息を低くする等という便宜が図られるなどして長年続けられており、これが発覚した場合、被告人髙橋らが安房信用組合を私物化し、金庫代わりに使っていたとして世間の指弾を受けることをおそれて、本件背任行為に及んだものと認められる。

この点、被告人斉藤は、当公判廷において、東洋港湾を倒産に追い込んだ場合、安房信用組合は五億円程度の焦げつきを出し、そのことは、結局、地域社会の話題となり、安房信用組合に非常な不信感を持たれ、営業上、非常に大きなダメージを受けるので、そういったことを是非ともさけたいというのが、第一の主眼であり、東洋港湾を倒産に追い込んだ場合に、髙橋理事長個人関係の貸付について、県金融課から、昭和五九年の検査のとき以上にきつい指摘が発生したであろうけれども、<1>県金融課から指摘を受ける事項については、貸付限度内に収めるとか、実体と名義を合わせるなどすれば、理事会の承認を受けることができ、改善可能と考えており、<2>被告人髙橋の政治生命が絶たれるというようなことは考えていなかった旨の供述をしているが、<1>に対しては、それでは、どうしてその改善ができなかったのかが問われるし、そもそも、そのような改善が可能であるなら、最初から正規の手続きを踏めば良かったはずで、それが困難であったからこそ第三者名義や架空名義まで使って資金を引き出していたもので、この点、被告人斉藤も、捜査段階においては「一組合員に対する貸付限度額の規制は、理事長ら役員に対しても一律に適用されます。そこで、その貸付限度額の規制を免れるために第三者名義や架空名義を使って理事長個人に対する貸付が行われ続けていました。安房信の貸付規程などによれば、理事長ら役員に対する貸付は、理事会の承認が必要とされています。しかし、選挙資金や交際費などに使う金を第三者名義や架空名義を使って借入申込みをし、それを理事会に正式に諮っても、私どものような常勤の理事はともかく、非常勤理事らから反対されるでしょうし、そもそもそのような貸付を行おうとすること自体明らかにできる筋合いのものではありませんでした。(乙三六)」と供述していたことからすれば、被告人斉藤の当公判廷における供述は、被告人髙橋の身を庇わんがための供述としか認められず、また、<2>については、被告人斉藤自身、当公判廷において、政治家であり理事長である髙橋にとって、マスコミに漏れたりすると大きなダメージを受けるであろうことは認めているところであって、この点、被告人髙橋も、当公判廷において、「前回の法廷の中で、斉藤専務が、私の個人の不正融資について、問題はなかった、異質の問題だというふうに答えておりましたけれども、それは私を庇ってのことだろうと思っています。私自身にとっては、そういう個人融資だとか、そういうものが大きなインパクトだというふうに考えてます。」と供述しているところであるが、被告人斉藤も、捜査段階では、「これが一番問題であったのですが、理事長個人に対する不正融資が表沙汰になってしまうおそれがあると思いました。理事長個人に対する不正融資は、理事会の承認を得ずに行っており、非常勤理事にはこのことを知らせないようにしていました。また東洋港湾に対する不正融資についてもそれまで理事会には全く報告していませんでした。ですから非常勤理事らは、東洋港湾の倒産によって、それまでの東洋港湾に対する不正融資の実態を知り、私や理事長の責任を追及するばかりでなく、他にも同じような不正融資があるのではないかと私ども役員や職員を追及して、その中で理事長個人に対する不正融資を見つけられてしまうおそれもありました。そのほか多額の焦げつきが発生したことで、安房信が混乱に陥り、その中で組合員や職員あるいはマスコミなどに理事長に対する不正融資の件を気付かれてしまうというおそれもありました。県の金融課からは、昭和五九年一〇月の検査の際に、東洋港湾に対し、貸付限度額を越えた貸付を行っていることの問題を指摘されていたのに、それが改善されるどころか多額の焦げつきを発生させたということから、その顛末についての報告を求められるのではないかと思いました。金融課は更に、安房信に対する検査を行ってくるおそれもあると思いました。金融課の検査が即座に行われないとしても、前回の検査が昭和五九年一〇月でしたので、近いうちにまた検査が実施されるおそれがありました。金融課の信用組合に対する検査は、これまで二年か三年に一回行われていました。そして金融課の検査が入れば、東洋港湾に対する不正融資の件ばかりでなく、理事長個人に対する不正融資がますます増えてしまっていることを発見され、前回の検査では口頭の注意だけで済ませてくれたものが、今度はそれでは済まなくなり、理事長自身はもちろん、その不正融資に関与していた私らの民事責任や刑事責任を追及されるおそれもあると思いました。東洋港湾が不渡りを出した時点で理事長個人に対する不正融資の金額は、七億円位に膨れ上がっていたと思います。このような理事長個人に対する不正融資が明るみに出ると理事長の政治生命は終わりになってしまうと思いました。安房信は小規模とはいえ公共的使命を持った金融機関でありました。その理事長が自分個人の選挙資金などのために多額の不正融資を受け、それが未整理のままになっていることが明るみに出ると組合員や市民が許してくれるはずがありませんでした。理事長がその理事長の地位を追われ、また県議会議員としての地位を失うことはもちろん、私も長年その理事長個人の不正融資に関与していた者として、専務理事の地位を追われ、更にそのことについての民事責任や刑事責任を追わされる可能性が高いと思われました。私は、そのような事態を避けるためには、東洋港湾に対する貸付を続けるほかはないだろうと、このころ考えました。東洋港湾は、従来から資金繰りに困っており、これまでの安房信からの貸付についても、利息すら延滞している状態で、売上も伸びていませんでしたので、不渡りの発生後貸付を実行しても、きちんと確実に回収できる見込みはありませんでした。資産状態も悪くろくな担保物件もありませんでした。そのような東洋港湾に対して、金融機関が本来とるべき道は、直ちに貸付をストップし、担保の実行をするなどしてそれまでの貸付金の回収をできるだけするようにすることであることは私にもわかっていました。しかし、今申し上げたような事情で東洋港湾に対するそれまでの不正融資や理事長個人に対する多額の不正融資の問題がありましたので、金融機関として本来とるべき、そのような道をとることができませんでした。それで私は、確実に回収できる見込みがなく、安房信に損害が発生することはわかっていながら、東洋港湾に対する貸付を続けていき、その中で一部でも回収を図るようにし、一方で理事長個人の不正融資についてできるだけ早く理事長に整理してもらうしかないと思いました。将来信用組合同士の合併の計画もまだ具体的にではありませんでしたが、話としては出ていましたので、とにかく早急に理事長個人の不正融資の方を解決してもらおうと思いました。それで、私は、このとき理事長に『融資をしなければ東洋港湾は倒産して五億円もの焦げつきが出来てしまいます。大きな問題になって組合員がさわいだりして理事長自身の問題にも発展しかねませんよ。』というように言って東洋港湾に対する貸付を続けるように勧めました。私が言った理事長自身の問題というのは、この時点で約七億円にものぼっている理事長個人に対する不正融資のことでした。私がそう言うと理事長は『色々な状況から融資を続けざるを得ないでしょう』というように言って、東洋港湾に対する貸付を続けることに賛成してくれました。理事長も自分個人の不正融資の問題があるために私の言っている意味を理解して東洋港湾に対する貸付を続けていくことを決意したものと思いました。」などと正直に供述しているところであって(乙三八)、当公判廷における被告人斉藤の弁解は、自分たちの刑事責任を軽からしめるための弁解以外の何物でもないと思料される。

また、本件融資が東洋港湾に対してなされ、その結果、東洋港湾が倒産しなかったということからすれば、従たる目的として、被告人らに東洋港湾の利益を図る目的もあったと考えられる。

この点、弁護人は、本件において東洋港湾側関係者が被告人らの共犯者として起訴されていないことをもって、東洋港湾の利益を図る目的の薄弱さ、希薄さを論難されるが、東洋港湾関係者が起訴されなかったのは、本件の主たる目的が東洋港湾の利を図るというところには認められず被告人髙橋らの利益を図るところに認められたところ、この点について、被告人らと東洋港湾関係者との間に共通の認識が認められなかったからにすぎず、弁護人の非難はあたらないと言うべきである。

五 東洋港湾は本件発生後も営業を続けていることから、被告人髙橋らが、本件犯行を実行するに際して、債権回収の可能性をどのように判断していたのか、君津市寺沢所在の三和が採掘権を有していた山から山砂の採掘ができれば相当の利益が上がる見込みもあったのではないかが一応問題となりうるが、この点については、<1>山砂の採掘販売業は、良好な山を一度堀りあてれば莫大な利益を手中にできるというものではなく、相当な資本を投下した上、長期間にわたって地道に営業を続け、数年後にようやく利益が徐々に見込まれるような業種であり、仮に前記三和の山を採掘しても二~三もので、この昭和六一年八月の段階でもその状況に変わりはなく、住民の同意をもらえるという見込みは全く立っておりませんでした。髙橋理事長らにこの木村さんの山の件について話をしましたが、住民の同意をもらえる見込みが立っていないというようなことをお話しました。私はもちろんこの時点でも、木村さんの山の面積や、そこからどの位の砂が取れるものなのか、そしてその砂がどれ位の値段で売れるのか、売れたとしてその中から人件費などの経費を引いて粗利としてどれ位が残り、その中から東洋港湾の商売をしていく上での経費といったものを引いた上でどれ位の利益が残り、さらに、その中から安房信に対し、どれ位返済にまわせるのかといったことは全く判りませんので、そのようなことは髙橋理事長をはじめ安房信側には一切言っていませんし、そもそも私には判りませんので言いようがありませんでした。私の方から安房信側に住民の同意をもらう見込みが立っていないということを説明した訳ですので、安房信側としても、木村さんの山から砂を取るという仕事を行う見込みは全く立っていない状況であるということは当然判る筈です。丁度この木村さん所有の山の件について髙橋理事長に話したころか、もう少し後のころ、髙橋理事長に『三和の山の裏にも山がある』というような意味のことを言ったという記憶があります。その当時木村さんの山のすぐ裏の山からも砂を取るという考えから具体的に計画を持ってその採掘権を得ようと考えていたという訳では全くありませんが、私としては将来的には木村さんの山のすぐ裏の山からも砂を取りたいという思惑を持っていたことから髙橋理事長にそのような話をしたものですが、全くの私の思惑であって具体的な話では全然ありません。実は木村さんのすぐ裏の山というのは、ジャパンの所有で、ジャパンは更にその奥にも何筆にものぼる山を所有しているのですが、その山のことをこの時点で髙橋理事長に話したということは絶対にありません。木村さんの山についても見込みが立たず、木村さんのすぐ裏の山についても私の思惑の段階で、更にその奥のジャパンの山については話をする意味も全くありませんので髙橋理事長に話をしていないものです(甲一五九)。」などと供述しており、被告人髙橋自身、捜査段階で「三和が山砂の採掘権を持っているという君津市寺沢の山の件については、昭和六一年八月ころから、東さんが言い出しました。しかし、東さんの話では、その山の開発には付近住民が反対しており、住民の同意を得られる見込みがなく、いつ開発できるかわからないという状態でした。東さんから聞いたのか、ほかの人から聞いたのかよく覚えていませんが、三和が無理にその山を開発しようとして山火事を起こしたりし、そのため益々付近住民が反発しているということも聞きました。山砂の採掘には、林地開発許可が必要ですが、その許可をするにあたっては付近住民が同意するか否かが重要な要素の一つであることを私も知っていました。そのように付近住民が反対し、同意していない状態では林地開発の許可が下りる見通しはなく、いつ開発できるかわからないと思いました。そのころ、その山の登記簿謄本を見たところ、面積が三、〇〇〇坪位しかありませんでした。三、〇〇〇坪の面積では、仮にその山を開発して山砂を採掘できたとしても、たいした利益にはならず、せいぜい利息の一部でも払えるぐらいではないかと思いました。また、昭和六一年八月ころから、東さんらが、その三和が採掘権を持っている君津市寺沢の山の地続きになっている裏にジャパンが所有権を持っている山があるので、その三和が採掘権を持っている山を開発できたら、続いて、その裏のジャパンの山もジャパンに頼んで山砂を取らせてもらうことを考えているというようなことを言っていました。しかし、ジャパンとは正式な契約は交わしておらず、いつからそのジャパンの山の開発ができて、どの位の経費がかり、どの位の利益が上がるのかといった具体的な計画では全くありませんでした。そもそも三和の採掘権を持っている山がいつ開発できるのか目処がつかない状態であり、その山の開発ができなければ、ジャパンの山の開発もできないということでしたから、いつ開発できるのか、またジャパンが山砂を取らせてくれるのかどうかも判らない状態でした。しかも、はっきりとはしませんでしたが、東さんらの口振りでは、三和が採掘権を持っている山と地続きの裏のジャパンの山の面積は、それ程なく、三和が採掘権を持っている山よりも狭いようでしたので、仮にそのジャパンの山を開発できたとしてもたいした利益は上がらないだろうと思いました。また、その三和が採掘権を持っている君津市寺沢の山の奥の方にジャパンが所有している別の山があるということは平成元年の暮れころか平成二年の初めころ、初めて東さんから聞きました。三和が採掘権を持っている山やその地続きの裏の山とは別で、その間に第三者の持っている山があるというようなことでした。しかし、その地続きでない奥の方の山がどの位の面積があり、どの位の量の砂が取れるのか、また、ジャパンがその山の砂を取らせてくれる見込みがあるのかどうか、更に間に入っている第三者の持っている山の開発ができるのかどうかといったようなことは全くわかりませんでした。東さん自身も、その辺のことはあまり詳しくわからないようでした(乙七)。」等と供述していたところであって、右供述と異なる被告人髙橋の当公判廷における供述は、自己の刑事責任を免れんがための、為にする供述と認められる。

また、被告人斉藤は、当公判廷において、東洋港湾が手堅く経営をすれば、金利程度の収益性ではないというふうに考えていた旨供述しているが、東洋港湾グループが金利さえ満足に支払えなかったことは、甲三〇三号証から三〇七号証により明らかであって、被告人斉藤自身、捜査段階においては、「東洋港湾も、羽田沖や横浜みなとみらい二一などの埋め立て工事に関連して多少の利益は上げられるであろうとは思っていましたが、それでもせいぜいそれまでの貸付金の利息くらいにしかならないのではないかと予想していました。実際にも東洋港湾は、その羽田沖や横浜みなとみらい二一が始まってしばらくたったころの昭和六一年七月一五日に三億円近い不渡りを出してしまっていました。ですから東洋港湾としては、その横浜みなとみらい二一や羽田沖の埋め立て工事による売上があっても不渡りを出し倒産寸前にいたるまで資金繰りが悪化していたわけです。そして、その不渡り後、東洋港湾から提出される収支の一覧表のようなものに記載された一か月単位の売上(収入)の見込み額を見ても売上はほとんど伸びない状態が続いていることを把握していました。そのようなわけで、この横浜みなとみらい二一、羽田沖、東京湾横断橋あるいは横浜本牧沖などの埋め立て工事があっても東洋港湾がこれらの工事に山砂を供給して、その利益により、それまでの安房信からの借入金を確実に返済できるとはとうてい考えられない状態であることは判っていました。東洋港湾は昭和六二年や六三年に入っても売上が伸びるどころか少し落ち込むか横這い状態であり、平成元年以降は売上の落ち込みが続いていました。私はそういったことを収支の一覧表のようなものや東洋港湾の決算書を見るなどして把握していました。東洋港湾の決算においては昭和六一年三月期に百数十万円位の純利益を出しているものの、昭和六二年三月期以降は、ずっと欠損が続いておりしかもその欠損の額がだんだん大きくなってきていました。その上、東洋港湾は、安房信からの貸付金について元本の返済や利息の支払いの延滞を続けていました。不渡り後、元本の返済はごく稀な場合にしかありませんでしたし、利息の支払いは、はっきり計算して確認していたわけではありませんが、全体のせいぜい一~二割程度しか支払っていないという印象を受けていました。そのため、安房信としては中間決算や期末の決算の際に、いわゆる追い貸しや書替をして、利息の支払いや元本の返済があったようにしておかなければならない状態が続いていました。あまりに元本が長期にわたり未返済になっていると回収できない多額の貸付金があることがすぐにばれてしまいますし、延滞利息をそのままにしておきますと、決算が赤字になってしまうおそれがあるため、そのような措置をせざるをえなかったのです。そのような次第で羽田沖や横浜みなとみらい二一などの埋め立て工事などでも東洋港湾は大きな利益を得ることが見込めなかった上、利息さえも満足に支払うことができず、また、ろくな担保物件も提供できていないようにろくな資産もありませんでしたので、私は東洋港湾に対する貸付金を確実に回収することはとうてい望めないと思っていた(乙三九)と供述しているところからすると、被告人斉藤の当公判廷における供述は、被告人らの刑事責任を少しでも軽くしようとの意図に基づくものと認められ、信用できないと思料する。

第三 情状

一 本件は、安房信用組合の代表理事・理事長又は代表理事・専務理事であった被告人両名が、組合資金を貸し付けるに当たっては、関係法令並びに同組合の貸付規程等の定めを遵守するはもとより、貸付先の資力、信用状態等を精査し、確実十分な担保を徴して貸付金回収に万全の措置を構ずべき任務を有していたにもかかわらず、その任務に背き、ほか数名と共謀の上、被告人ら及び東洋港湾の利益を図る目的をもって、同社及びその関係者に対する同組合の既存の貸付債権の額が昭和六一年七月一日現在七億五、三〇〇万円に達し、既に同社やその関係者から徴していた定期預金・不動産等の担保の価格を著しく超過しており、かつ、同社は昭和六一年七月一五日に第一回目の不渡手形一〇八通(額面総額二億七、六六八万六、〇二六円)を出した上、他にも多額の負債を抱えていて返済能力もなく(甲一四八乃至一五九、一七一、二五三乃至二七三及び三八一)、他に十分な資産も有せず(甲二三乃至二七)、営業力も弱く(被告人髙橋の当公判廷における供述)、貸付金の回収が困難になることを熟知していたのに(甲四四乃至四七、五七乃至六〇、六二乃至六六)、業績不良な同社に対して、同社の関連会社で休眠会社である三和(甲一四五及び一六四)の名義を使って、起訴した分だけで昭和六一年七月一八日から同六三年九月二〇日までの約二年二か月もの長期間に、前後七七回もの多数回にわたり、合計二二億二、七六五万三、一九一円にも及ぶ巨額の不正融資を行い(甲六七乃至一四三)、いずれもその回収を不能ならしめ(甲四及び三〇二)、同組合にこれと同額の財産上の損害を加えたという事案であって、融資額及び損害額の点からしても、金融機関による融資に関する背任事件として、千葉県下ではこれまでに類例のない大規模な事件であって、二〇億円を越す巨額の損害額だけから見ても、本件の犯情が極めて悪質であることは言うまでもないところである。

二 被告人髙橋らが、本件犯行にいたった動機は、被告人髙橋に対する一時的には約一五億円にものぼった第三者名義や架空名義を使用した不正融資が、本来必要とされる理事会にもかけられず、しかも預金が担保となっていないのに預金担保の取り扱いをして貸付利息を低くする等という便宜を図る等して長年続けられており、これが発覚した場合、被告人髙橋らが安房信用組合を私物化し、金庫代わりに使っていたとして世間の指弾を受けることをおそれたことなど(詳細は、前記第二の二の2)によるものであり、被告人両名の本件犯行の動機については、何ら酌量する余地はない。

なお、安房信用組合においては、昭和六二年五月ころに従業員二名による約五億円にのぼる組合資金の使い込み事件(甲三五三乃至三五五)が発覚したものの、被告人髙橋は、その使い込みをした従業員の一人が被告人髙橋に対する前記の不正融資を実行させていた者であったことから、同人の口から被告人髙橋に対する不正融資が発覚することをおそれ、懲戒解雇等の本来の処分をせずに降格処分のみですませるとともに、昭和六二年九月までにその二名の従業員が弁償できなかった合計二億八、〇九〇万円を同年九月二九日に三和に対する貸付に振替処理して隠蔽していた。このように従業員の間で、約五億円に上る巨額の不正が行われたのも、元はと言えば、理事長である被告人髙橋が自ら不正をしていたが為であって、従業員の間での不正を許したことについても、被告人両名に責任があることは明らかである。

三 被告人両名が、代表理事をつとめていた安房信用組合は、組合員の経済活動を促進し、かつ、経済的地位の向上を図るため、組合員に必要な金融事業を行うことを目的として組織された、公共的使命を帯びた金融機関であるところ、被告人髙橋が、これを私物化し、自己の選挙資金や交際費などを調達するための金庫代わりにしていたことが、本件の背景にあることは紛れもない事実である。

本件を契機に、安房信用組合という一つの金融機関が他の信用組合に吸収合併されるという形で事実上倒産しており、被告人両名、ことに被告人髙橋が、安房信用組合を私物化して、自らの金庫代わりに使用していたことの代償は、あまりにも大きかったと言わざるを得ない。

安房信用組合を倒産から救済し、君津信用組合に合併させることによって、金融機関とりわけ信用組合に対する県民の不信を取り除こうとした県金融課の判断により、千葉県は血税の中から二〇億円の支援金を拠出しその運用益で不良債権の買い取り資金の償還をしているが、このような県による支援に対して、手厚すぎるとの非難があるのも当然と言える。

東洋港湾が一回目の不渡りを出したあと他の金融機関が支援しない中で、安房信用組合のみが、融資を続け、その傷口を広げて最終的には事実上同組合を倒産に追いやり、県民の血税によってその尻拭いをしてもらうという事態を招いた被告人両名は、単に安房信用組合の関係者だけでなく、広く千葉県民全体からその責任を追及されてしかるべきものであって、その意味でも被告人両名の責任は極めて重いといわざるを得ない。

四 そして、本件の犯行動機が、最終的に被告人髙橋自身の自己保身に求められることからすれば、被告人斉藤に比較して、被告人髙橋の責任が格段に重いことは当然であり、被告人髙橋が、<1>追起訴後に、県会議員を辞職したこと、<2>本件犯行後、東洋港湾関係の不正融資の返済に一応努力していることなど、被告人髙橋に有利な事情を考慮しても、被告人髙橋に対しては、長期の実刑に処して、その罪を償わせるべきであり、被告人斉藤に対しては、しかるべく処断するのが相当と思料する。

第四 求刑

その他諸般の事情を考慮し、相当法条適用の上、

被告人髙橋正を懲役四年に処し

被告人斉藤正史を懲役二年に処する

のが相当と思料する。

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